堕天使はじめました

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解雇に遭った山田は夜の公園のベンチで頭を抱えていた。 「これからどうやって家族を養えばいいのか」 ふと、これから夜の街に出勤かというふうな、煌びやかな服装の男を見た。 「ホストか」 夢のある仕事だ、と山田は思えた。酒を飲んで場を盛り上げれば大金が得られる、そんな安易な発想もあった。 元野球部で声量はある。顔面は素朴そのものだが、大酒飲みなので酔い潰れることもない。山田はクビになったヤケもあり、勇んで近場のホストクラブへ飛び込んだ。 「山田さん、お宅やる気はあるといっても、45歳ってのはさあ」 面接の対応をしたオーナーと思しき男は細い眉を細めるばかりだった。 「そこをなんとか。うちには妻も子どもも犬もいるんです」 「そう言われてもねえ」 「やらせてみればいいんじゃないの、オーナー」 鶴の一声は店の指名ナンバー1、銀河霧(ギンガム)だった。 「家族のために恥も外聞もかなぐり捨ててホスト業に飛び込む。涙ぐましい話じゃないか。ただし、この業界を舐めてもらっちゃ困るよ」 銀河霧の凍るような視線に山田は背筋が伸びた。 「まあ、銀河霧がそういうなら……」 そうしたわけで、山田は病堕(ヤマダ)として夜の堕天使となった。 病堕の人気ぶりは誰もが予想しないところであった。 若く細い男が揃う店にあって、中年の男臭さがいい、というのが評判だった。会話は決して上手ではなかったが、コールの声はよく通る。そして伝家宝刀の「妻も子どもも犬もいる」話で多くの女性の母性をくすぐった。 ほどなくナンバー1の座は銀河霧から病堕に移った。面白くないのが銀河霧である。銀河霧派の若手ホスト集団を従え様々な嫌がらせを試みたが、精神的余裕も得た病堕は意に介さなかった。 オーナーの計らいで、病堕は新たにオープンする系列店のオーナーを任されるまでになった。現場を退いて管理職に就くのも悪くない、と病堕は考えた。 病堕は新店に、自分と同じ境遇の人間を積極的に採用した。人生はいくらでもやり直せることを身をもって知ってほしい、との思いからであった。 かくして、中年層のみで構成されるホスト集団「不惑」は旗揚げとなった。「不惑」はどのホストを指名しても妻子持ちの中年というのが圧倒的に不評で、半年と持たずに閉店した。病堕は元の店舗ではその物珍しさが受けただけなのだと痛感し、病堕の名を返上して山田へ戻った。次は自転車配達員に食指が動いている。なにせ元野球部、体力には自信があるのである。
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