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あれは僕が小学生のころ。二歳年下の弟と近所の公園で遊んでいるときのことだった。
弟はキャッチボールがへたくそで、それでも根気よく、ボールの握り方、投げ方、捕り方を教えてあげていた。でも、弟はなかなか思うとおりにやってくれない。
弟の投げたボールは、僕の手が届かない、あさっての方向に飛び、僕はそのボールを追いかけて何度も走らされた。
公園のベンチ。ボールの転がった先に少女がぽつんと寂しそうに座っていた。ボールは彼女の足元に転がった。
「ねぇ、ボール取ってくれる?」
少女は酷く驚いた表情をして、回りをきょろきょろと見渡し、小さく舌をだした。
「ボール、これね。はい、どうぞ」
「サンキュー!」
彼女はボールを左手で持ち、下手で投げた。しかし僕のところまでボールは届かず、結局彼女のそばまで走ってボールを拾うことになった。
「ごめんなさい、ボール、上手に投げられなくて」
「女の子は仕方がないさ」
彼女は大きな木の陰の中で小さく微笑んだ。
「あなた、この町の子?」
「うん、そうだけど、君はちがうの?」
確かに見かけない子だったし、ドレス風の洋服が自分の住んでいる世界とは別のもののように見えた。
「わたしは、ほかの町に住んでいるの。ちょっと、遠いところよ」
「そうなんだ。いま、一人なの?」
「そうね。一人かな。たぶん」
いたずらっぽく微笑む少女は、まるでフランス人形のような透き通った白い肌をしていたが、髪の毛は少し重たく感じるくらいに黒々としていた。目はパッチリとしているが、瞳はどことなく日本人のそれとは違うような、色素の薄い色をしていた。着ているものは公園で遊ぶには不釣合いな余所行きの格好をしていた。
「おにいちゃん、まだぁ?」
弟がボールを催促する。僕はボールを弟に投げた。
「ちょっとタイム。アキラ、一人で練習していて」
「えー、つまんない」
弟はいつもそうやって駄々をこねる。
「いいから、そこのトイレの壁にボールを投げる練習しておけよ。ちゃんと真っ直ぐ投げられるようにな!」
「おにいちゃんといっしょがいい」
「10回ちゃんと投げられたら、一緒にやってあげる」
「10回? いいよ、わかった」
弟はいつも僕について歩いていた。僕は時々それを疎ましく思っていた。弟と一緒じゃなければ、もっと友達といろんなところで遊べるのに、どこにでもついて歩こうとする弟は必ず最後には足手まといになっていた。
「弟さん、いいの?」
「いいよ、あんなやつ」
「そうなの?」
もしこんなことを親や親戚に聞かれたら、きっとこっぴどく怒られるだろうと思いながらも、僕は正直な気持ちを口にした。
「いないほうがせいせいするよ。君には兄弟はいないの?」
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