不意

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正面を見据えてバッグを掴んでいた手に、未来は突然、温もりを感じた。 そして驚く間もなく、引っ張られるようにして電車を降りた。 前を歩く王の背中と、未来の左手を握っている、恐らく大きいであろうその手を、交互に見ながら黙ってついて行く。 改札を抜けたところで、王は立ち止まって後ろを振り返った。 「ゴメンナサイ。イヤダッタ?」 握ったままの手を挙げて、王は聞いた。 未来は、握ったまま聞くのか、と思いながら首を振った。 王はホッとした様子で、そのまま並んで歩き始めた。 そして離さないのね、と未来はおかしくなり、成り行きに任せることにした。 「ありがとう。王くんがいなかったら、乗り過ごしていたかも。駅に着いたの気がつかなかった。」 「ミキサン、ズット、ムズカシイカオ、シテマシタ。」 「そうだね。ごめんね。」 「アヤマラナイデ、ダイジョウブデス。ボクガ、ゲンキ、アゲラレル?」 拙い、ストレートな言葉が、未来の心に沁みて、泣きそうになった。 未来は、繋いだ手を少し大きく振って見せた。 「ほら、もらってるよ。」 精一杯笑ってから、足下に視線を落とした。 そして、それはすぐに失敗だと気がついた。 俯いた拍子に、涙がこぼれ落ちてしまった。 王に気付かれたくなくて、涙を拭うこともせずに、瞬きをして誤魔化す。 少し歩くと、すっかり見慣れた古い家が、街灯に照らされて見えた。 表の入り口とは別に、建物の横にある外階段の奥が、未来の部屋の玄関になっていた。 外階段の下で、未来は足を止めた。 「王くん、ありがとう。おやすみなさい。」 未来はお辞儀をして、握ってくれている手を離そうとしたが、王は身じろぎもしない。 顔を上げることもできず、かと言って、手を振りほどくわけにもいかなくて、未来は途方に暮れた。 「ミキサン、ナイテルカオ、ミルノダメデスカ?」 バレてたんだ、と思いながら、未来は頷いた。 「ヒトリデ、ダイジョウブデスカ?」 未来は、また頷いた。 「アシタ、アイスコーヒー、ノミニイッテイイデスカ?」 予想外の申し出だったが、彼なりに心配しているのだろうと思った。 「午後なら、いいですよ。」 そんな未来の返事を聞いた王は、名残惜しそうに、手を離した。 「オヤスミナサイ。」 その優しい声に、未来俯いたまま返事をして、その場を後にした。 王が見送っているのがわかったが、未来は振り向くことなく部屋に入った。
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