不意

2/4
前へ
/4ページ
次へ
「そちらの部屋で、お待ち下さい。」 田村はエントランスの横にある部屋を指すと、創太の後を追って店を出て行った。 店の奥に人の気配を感じた未来は、居たたまれなくなって、案内された部屋に入った。 そして、ひとりになると、全身の力が抜けた。 「あぁ。」 堪らず声が出て、天井を見上げた。 見事なシャンデリアが吊るされていて、キラキラと輝いている。 その輝きにピントが合わなくなり、より幻想的な雰囲気を醸し出していた。 未来は急いで涙を拭って、舌を噛んだ。 泣くのを我慢する時は舌を噛むと良い、と何かで読んだことがあったが、あまり効果はなさそうだ。 バッグからハンカチを取り出して、再びシャンデリアを眺める。 「お待たせしました。」 後ろから声がして、未来は急いで深呼吸をした。 「シャンデリアが、凄く綺麗ですね。」 かろうじて、普段通りの声で話せていると確かめてから、未来は振り返った。 「ありがとうございます。お客様はタクシーでお帰りになりましたよ。」 田村の表情は変わることなく、封筒を差し出した。 『フォアフロント企画』と印刷された、真っ新な封筒だった。 「不要でしたら、青島に返却しておきますが。」 田村は笑顔を浮かべて、1度戻した手を差し出した。 「そうですね。無駄使いするわけにはいきませんので、お願いできますか。」 預けた書類など、無かった。 田村の、いや、恐らく青島の仕業だろうと、すぐに見当がついた。 「何から何まで、すみません。今日は、本当にありがとうございました。」 未来が、頭を下げると 「営業時間を過ぎておりますので、ご無礼をお許し下さい。」 田村の言葉に、未来は戸惑いながら顔を上げた。 「彼は、いい男ですね。あなたに夢中だ。」 思いがけない言葉だったが、こんな状況だとしても、未来は自分が褒められたようで嬉しかった。 「はい。そうなんです。」 「そして、あなたも素敵な方です。」 未来は、また涙腺が緩みそうになったので、背筋を伸ばすよう胸を張ってから、言った。 「帰ります。」 「はい。お引き留めして申し訳ございませんでした。」 未来は田村の前を、躊躇うことなく通り過ぎてから、店の外へ出た。 風が気持ちいい。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加