不意

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不意

時計を見ると、22時を回っていた。 2人はグラスに残るカクテルを飲み干して、席を立った。 入り口に近い席に座っていた未来(みき)が、先に部屋を出ようとして、創太(そうた)は、思わず呼び止めた。 そして、ん?と眉を上げて振り返った未来を、じっと見つめた。 「綺麗だな。」 久しぶりに見る恋人のことを、創太は、本当に綺麗だと思った。 同時に、決して自分に会うためではなかったということに、やるせなさを感じた。 創太がそんな気持ちでいると思いもよらない未来は、拗ねたように言った。 「私って、普段よっぽど酷いのね。社長にも見違えるようだって言われちゃった。」 そう言って踵を返した未来の腕を、創太が掴んだ。 未来は驚いて、創太を見た。 「どうしたの?」 「あっ、いや。何でもない。」 「行こう。」 一瞬、鋭い表情を見せた創太だったが、すぐにいつもの表情に戻っていた。 2階のカウンターに差し掛かると、そこには田村がいて、タブレットを操作していた。 そして2人に気がつくと、手を止めて微笑んだ。 「時間が過ぎてしまって、すみません。」 創太がそう言うと、未来も神妙な面持ちで、頭を下げた。 「いえ、お気になさらずに。お帰りはタクシーでよろしければ、表に待機しておりますが、如何致しますか?」 「そうですね。お願いします。」 創太が答えると、ご案内します、と田村は階段を下り始めた。 エントランスに差し掛かった時、未来はおもむろに口を開いた。 「タクシーは、2台お願いします。」 前を歩いていた創太と田村が振り返った。 田村は返事をしようとしたが、すかさず創太が口を開いた。 「未来、送るよ。」 未来はぎこちなく笑って、首を振った。 「今、(つき)()町なの。反対方向だし、大丈夫だから。」 「大丈夫とか、そんなことじゃない。」 「今日は、ここで。また…。」 言い淀む未来に、創太が何か言おうとした時だった。 「お話し中に申し訳ございません、中西様。」 田村が恐縮した様子で、声を掛けてきた。 何とも間が悪く、未来と創太は田村を見た。 「お食事の前にお預かりしていた、書類をお返ししなければいけませんでした。大切な物だとお伺いしておりましたので、事務所にございます。 少しお待ち頂いても、よろしいでしょうか?」 それを聞いた未来は、創太の背中に向かって言った。 「そういうことだから、先に帰って。ね?」 まるで子どもを諭すかのような口調に、創太は憮然とした面持ちで、未来を見た。 「わかった。今日は帰るよ。」 落胆の色を隠せない創太は、それでも何かしら思い付いた様子で、呟いた。 「連絡先…」 「変わってない。」 創太の言葉を遮るように、用意していた答えを口にした。 「えっ?」 創太は、まさかと言った表情だ。 「変わってないの。ごめん。」 未来は、その表情が意味することを察し、言い訳のように言葉を続けた。 「引越しのどさくさで、充電器が探せなくて、携帯の電源が切れてたの。」 創太は呆気に取られてから、自嘲するかのように笑った。 「俺の知らない君が、まだいるんだな。」 「また連絡するよ。おやすみ。」 創太は未来に向かってそう言った後、田村に向かって一礼をした。 「みっともないところをお見せして、すみませんでした。ご馳走様でした。」 「いえ、こちらこそ失礼を致しまして。本日は、ありがとうございました。」 田村は、丁寧にお辞儀をした。 創太は頷くと、振り返ることなく店の外に向かった。
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