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「ふぅ……危なかった。もし大地君が手を差し伸べてたら、あの子、私の恋敵になってたかもしれないわ」
「は? すり傷とはいえぶつかって怪我させた子を放っとけっつーのかよ。この人でなし。つか手ぇ貸したくらいで小学生が二十代のオッサンに惚れるか。常識で物を考えろ」
「考えてるから言ってるのっ!」
私の危機感に寄り添ってくれない夫。見上げる瞳に、つい力が入る。
「それに年なんて関係ないでしょ!? 大地君は絶世の美青年なんだからっ!」
「そうか。今度の休みの日は一緒に出掛けるか。眼科に連れてってやる」
「眼科? 大丈夫よ! 私、視力は両目とも二・五だから!」
「あ、悪い。お前が受診すべきなのは、眼科じゃなくて脳神経外科の方だったな」
「頭だって痛くないわよ? もー、大地君ったら、心配性なんだからっ」
気遣ってくれる夫の胸に、私はぐりぐり頭をこすりつける。だけど、払いのけるみたいにして、すぐ夫の手に引き剥がされる。
悠真君達、どうなったかな。
頭に残る淡い余韻は、まだ私達には訪れない未来。
「……大地君」
「今度は何だ」
「私達にも子どもがいたら……悠真君達みたいな可愛い子に育ったかなぁ」
「……そんな話、俺達には必要ないだろ」
傷一つない黒い靴を履いた足は、無駄のない速度でエントランスから出ていく。『行ってきます』をくれないまま。
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