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俺もコーヒーを喉に通す。アホが入れたそれは、苦みも温度も絶妙に俺の舌を喜ばせ、それが無性に腹立たしくなった。
「お前、何でそうなわけ?」
「へ? 何が?」
「パートナーを殺す事件なんか、現実でもしょっちゅう起きてんだろ。なのに、ミステリーで夫婦のどっちかが死んだら、お前はそのパートナーのことは絶対疑わねぇな」
「うん。だって私はそんなことしないもん」
まっすぐに俺と目を合わせ、ナチュラルなトーンで言い切るアホ。
付き合いきれねぇ。
押し寄せるさざ波がイライラを消火し、それでもなお燻る燃えカスを誤魔化すため、俺はノートパソコンの電源を落とした。
「……寝る」
「えー。まだ十時なのに……あ、カップは置いてていいよ。後でまとめて洗っちゃうから」
「これくらい自分でする」
空になったマグカップを洗い、そのままリビングを出ようとしたが、その直前で振り返る。
「……コーヒー、ごちそうさま」
「はーいっ。おやすみなさいっ」
夜でも明るいアホは、にこにこと笑顔で俺に手を振る。いよいよ探偵が犯人の名を明かそうというシーンに差し掛かっても、俺がリビングを出るまで、能天気な顔はこっちを向いたままだった。
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