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 自室に入り、明かりをつけたままベッドに倒れこむ。途端に心が力を抜いた。  俺がいる間、この部屋に妻が入ってくることはない。鍵は掛からないが、「俺がいる時に勝手に部屋に入ってきたら離婚だ」とキツく言ってある。  息を吐くと、体からも力が抜けていく。まっさらな柔らかい底に包まれて、簡単に夢まで沈んでいける。  が、清潔な香りを鼻で受け止めてしまい、パッチリと目が開いた。  昨夜はだらしない寝方をしたせいで、枕カバーをヨダレで汚してしまった。それが綺麗に消えてる上に、シーツにも一切のシワがない。  俺は上半身を起こし、部屋の中を見回した。  捨て忘れていたゴミ箱の中身は全部消えていて、机の上に乱雑に積み上げていた本は正しい順番に揃えられている。曇りのない窓は、忠実に室内を映した。  深く、深く、腹の底から息が出る。  もう何も気付かなくて済むように、電気を消して、ベッドに潜った。  家事を怠らず、美容にも気を使い、俺の好みも熟知した妻。あの女のことが、俺はこの世で一番憎い。
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