266人が本棚に入れています
本棚に追加
ブタ、キトク、スグモドレ
同僚の力強い肯定は嬉しいけれど、クズの女癖の悪さは天下一品だ。身を持って体験させられた私は、どうしても疑いが先に立ってくる。
別れて一か月が経過した。
今日も元クズカレは私のストーカーに励んでいる。
姿を見つけてはホッとして、明日はどうだろうと思い悩む日々である。
生でシた。
プロポーズもされた。
両家の顔合わせもした。
今は元クズカレだけが住んでいる新居は、七年過ごした部屋より間取りは広く子供部屋まで用意されていた。
だけど、帰る日は来ないかもしれない。
元クズカレは容赦なく私を捨てるかもしれない。
病気である本能で浮気して。
「ないない。絶対にないから」
「なんで断言出来るのよ」
「絵梨花は実家に帰ってるし連絡取り合ってないから知らないだろうけど、あいつ、毎日会社に電話してくんのよ」
「は?」
「寿退社は確定だから引き継ぎをしといてくれ、とか、男性社員はえーちゃんを見るな喋るな手を出すな、とか、昼休憩はもっと長くするべきだ、とか」
「……どうりで男性社員や上司から、苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔をされるわけだ」
元クズカレが出張後に私が辞めると連絡していたので、すぐに撤回しますと言いに言ったら、社長や上司は喜んでくれたのに。最近では、そろそろどうだ、なんて遠回しに結婚を仄めかされていた。
クズで変態でストーカーにゴミ漁り。
新たな称号である嘘つきクレーマーも付けねばならない。
「もう! あれだけ迷惑かけるなって言っておいたのに! はぁ……期限まであと六ヶ月。そのうち電話も飽きるでしょ」
「ずっと続く方に十万円」
私も私もと、例の黒ずくめをチラ見して頷き合っている同僚達。賭けが成立してないじゃないか。え、何ですって? 続いたら私が払うの? んなバカな。
という話しをお弁当を食べながらしていたら。
次の日、我が社に電報が届いていた。
『 ブタ、キトク、スグモドレ 』
皆、悪戯だと思ったらしい。
だけど、私だけはその内容に戦慄した。
なぜなら、私のデスクに置いてあった差出人不明の封筒の中に、あらゆる角度で撮られた豚のぬいぐるみの写真が入っていたから。
千切れかけの尻尾。
取れかけの耳。
丸くつぶらな瞳の片方は飛び出していて、中の綿毛がはみ出している。
そして謎のメッセージ。
『 電話しなかったから十万払う必要なし 』
『 豚が瀕死なのは本当なので証拠です 』
明らかに誰の仕業か分かるけど、私への電話やメール禁止事項に抵触していない。その約束を守りつつ私を守ったつもりなのだろう。
あんなのは冗談なのに。
同僚達の軽口なのに。
迷惑をかけた詫びのつもりか、豚危篤の怪電報以降クレーマーはなりを潜め、代わりに私の一日の様子を聞いてくるらしい。
そんなことやってないで早く就職しろ。
あと、豚には緊急手術が必要だ。
会社か私の実家に豚を送れ。
と、メールした。
返信不要と最後に入れて。
私から連絡しないとは言ってない。
豚がこんなにボロボロになったのは私のせいでもあるので、到着した瀕死の豚の手術は丁寧に誠心誠意行った。
送り返す時、復活した豚と共に、豚の恋人として耳に大きなリボンのついた豚のぬいぐるみも入れておいた。
その意味をどうとるかは、ヤツ次第だけど。
最初のコメントを投稿しよう!