クズの計略

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クズの計略

「えーちゃんえーちゃん! まだ寝ちゃダメ。まだ俺が出し切ってないから起きて!」 クズ彼氏が私の上で、はぁはぁ息を乱しながら怖いことを言っている。 テメェふざけんじゃねぇ! 何回出すんだボケ! 干からびろ! 萎びちまえ! と叫んでいるつもりが、自分の口から漏れるのは甲高い啼き声だった。 ベッドが煩い。クズ彼氏の睦言が煩い。身体をぶつけ合う乾いた音も聞きたくない。 いい加減に離せ。 もう気がすんだだろう。  これ以上揺らされたら吐く。中身が出る。嘔吐手前で胸が苦しいのに、下半身が異常に気持ち良すぎて嫌になる。 「もう……っ、終わってよ!」 必死に絞り出した声に激しい動きが止まった。 「ふふ、可愛い。えーちゃん涙目だ。やめてもいいよ。俺のお願い聞いてくれるなら」 ニンマリと笑いながらキスをしてくる顔を睨む。 どうせ、ろくでもない事は聞かなくても分かるので、断固拒否だと首を振った。 すると途端に再開された動きに悶絶し、やめろと言えば止まるけど、また同じ事をニヤニヤ腹の立つ笑顔で言ってくる。 それを何度も繰り返された。 限界まで耐えて拒否したけれど、七年で知り尽くされた身体はクズ彼氏に従順で。 うん、と。 はい、と。 啼きながら泣きながら混濁する意識下で言わされていた。 「えーちゃん、好き。愛してる」 「……」 「赤ちゃんデキてたらいいね」 「……」  んふんふと気色の悪い笑いを零すクズ彼氏は、帰りの新幹線の中で上機嫌な様子で私の腕を掴んで離さない。 隙を見て逃げる。 全速力で走って逃げる。 私は固く決意したことを内心に押し込めて、地元に帰ったらまず両親に助けを求める算段をつけていた。 一人じゃ無理。 同棲に難色を示していた両親を頼るのはどうかと思うけど、この七年すっかり疎遠になっていたことを詫び、恥を偲んで匿ってもらわなければ逃げられないと確信していた。 「もうすぐ着くね。楽しみだなぁ」 バーカバーカ。言ってろ。 ドアが開いた瞬間、人混みに紛れて消える作戦を実行すべく、荷物はクズ彼氏に全て持たしてある。 掴まれたままの腕は、渾身の力を出せば振り切れるだろう。 混雑する前に出口で待機。 速度を落として行く新幹線が緩やかに停まった。 停まった。 停まっ…………え!! 「あー、こっちこっち。到着時間ピッタリだし降りる場所もピッタリで安心したよ。えーちゃん、コレ俺の両親ね」 「初めまして絵梨花さん。あの、本当に良かったのかな。仕事帰りで疲れてるだろうに……」 「いいの。二人で決めたから。善は急げって言うでしょ。早く行こう。先方を待たせちゃ悪いし」 何が起こっている……? 想定外の事で出鼻を挫かれた私は、クズ彼氏の両親の前で逃げ出すわけにも行かず、混乱したまま着いて来たけれど。 駅前の好条件な立地に立つ某ホテルに呆然となる。 誰もが知っている敷居の高いこのホテルは、気軽に入っていい場所ではない。 なのに、案内されて迷わずラウンジに足を向ける三人は、前方に何かを見つけると一斉に会釈した。 した。 した。 えええっ?! 「ちょ、お母さんお父さん!!」 響き渡る私の絶叫。 先方を待たせちゃ悪い。 俺のお願い。 うん、と。 はい、と。 昨夜から今日にかけての点と線が繋がり、射殺す勢いで横を見れば、クズ彼氏の頬は緩みっぱなしで好き好きえーちゃん、と口パクで動いていた。
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