クズと豚

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クズと豚

表情筋が死滅していく。 目は見えているようで実際はどこも見ていない。 腹の中で煮えまくる無言の怒りが一周回って三周目に突入した頃、この仕組まれた両家の顔合わせが終了した。 では、良い日取りを。 なるべく早い段階で。 娘の「幸せ ( 笑 ) 」を疑いもなく祝福する両親の姿に、ピクリとも動かない表情で真実を訴えていたのに、クズ彼氏の巧みな嘘に騙されて着実に確実に話が進んでいた。 終わった。 私の未来に幸せはない。 真っ黒だ。 クズ彼氏のあり得ない暴挙に放心。 昨夜の疲れもあり、ふらふらの状態で連れられ歩いていたら、見知らぬマンションの前に来ていた。 「じゃじゃーん! 俺らの新居でーす!」 もう何にも驚かない。 着いた瞬間そうだと思ったよ。 中に入れば、私が処分したはずの私物が置いていた。クズで変態の上にゴミまで漁ったか。 「だってコレ、ほとんど俺がプレゼントしたやつじゃん」 だから捨てたと気付け。 ひとつも可愛くない豚のぬいぐるみを胸に抱き、あざとく首を傾げるクズ彼氏。奪って部屋の奥に放り投げれば、嬉しいからって暴れちゃダメだよ、と斜め上の解釈をされる。何をへらへら笑ってるんだ。 「両親まで巻き込んでどういうつもりよ!」 「結婚するんだから挨拶は当然でしょ」 「ふざけんな!」 何だこいつ何だこいつ何なんだよ! 結婚はただのパフォーマンスでしょ?! 口から出まかせ吐いときゃ私が黙ると思って、好き勝手にやりたい放題も大概にしろ!! 「ふざけてない。俺はえーちゃんといる為には何でもするよ。女を引き入れた家は解約したし、携帯も丸っと新しくした。番号は実家とえーちゃんしか入れてない。遊んだ女がウヨウヨいる会社も気持ち悪いから辞めた。ついでに、えーちゃんの会社にも出張を最後に寿退社の旨を話しておいた」 「はあぁ?!」 「結婚にはいって言ってくれたし挨拶もしたしデキてるかもしれないからね」 淡々と話しながら飛んで行った豚のぬいぐるみを拾い上げている。 内容が許容オーバー過ぎだ。 何から突っ込んでいいのか分からない。 「コレ、懐かしいね。付き合い立ての頃えーちゃんに似てると思ってゲーセンで取ったんだけど、その頃の俺はえーちゃんに貰った小遣いで他の女と遊んでたんだ。浮気女に万の金。えーちゃんには数百円。最低だよね」 まさかの告白に度肝を抜かれた。 初めての浮気発覚以前からクズを極めていたとは恐れ入る。ワナワナと震える私に、まだ聞いて、と眉を下げて苦笑う。 「この豚は俺の戒め。これを見るたび、えーちゃんに行った裏切りを思い出す。クソでクズだった俺をこの豚はずっと見続けていたんだ。物は言わないけど立派な証人だから捨てて欲しくない」 大事そうに豚を眺めるクズ彼氏は、続けて言った。 「今思えばだけど、俺はこの豚をえーちゃんにプレゼントした時からえーちゃんを好きだった。でも自分の感情が分からなくて、別れるつもりで浮気してたんだ。だけど、いざえーちゃんに言われたら、口が勝手に嫌だと返事してた。そこで分かればいいものを俺はその感情に目を背け、結果、俺は俺自身をボッロボロにして、底まで落ちてようやく気付く事が出来たんだ。えーちゃん……絵梨花。本当にごめん。愛してるんだ。お願い、俺から絵梨花を奪わないで。どんな形でもいい。傍にいてくれ。一生大事にする。この豚に誓うよ。俺の全てを知るこの豚に」 子供口調をやめたクズ彼氏のお願いは、豚は置いといてもおちゃらけた感じもなく、真面目で素直な感情に思えた。 思えただけで、はいそうですか、と言えるほど、七年間の裏切りは軽くない。 
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