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選んだ道
「ねぇ、本当に良かったの?」
いつものランチタイムで同僚に、出張中にあった出来事を報告すれば、気遣わしげな声で聞かれた。
良いのかどうかは、結果を見なければ分からない。
ただ、少なくとも、私には必要なことだったのだ。
クズ彼氏とは、別れた。
豚を抱えて懇願する姿に、心を動かされた。
もう一度信用してもいい、という気もした。
……だけど。
与えられた七年の屈辱や辛酸が、頷きそうになる気持ちを押し留めた。
許したら、また裏切られる。
改心したようでも、また裏切る。
信じたいけど信じられない実績がクズ彼氏にあって、一時の情に流されるには酷い積み重ねがあり過ぎたのだ。
別れを告げる時、決めたのに身を引き裂かれる痛みを感じた。無だった想いの底にへばりついていた七年分の記憶、確かに存在していた愛情、違う道を選ぶ先にクズ彼氏はいないという未来、色んな感情がごっちゃに押し寄せて来て、苦しかった。
クズ彼氏は案の定、嫌だと泣き喚き、激昂し、戒めだと言っていた豚のぬいぐるみを投げつけてきた。
私は私で負けるものかと投げつけ返し、大泣きしながら今まで不貞を責め立てて、非はどちらにあるのか、この結末は誰のせいなのかを叫んだ。
だからたぶん、同僚の痛ましい視線は、こんなに目が見えにくいのは、泣き過ぎて瞼が腫れまくっているからだと思う。心配させてるみたいなので、私は無理して笑って見せた。
「まぁ、七ヶ月後はどうなってるか分からないけど、今は辛いけど、この結果で良かったんだよ」
「……え、七ヶ月……?」
「そう、七ヶ月」
目を丸くして同僚が固まった。
あれ、私言わなかったっけ。
本当は傷付けられた期間の七年と言いたいところを、大負けに負けて七ヶ月にしたってことを。
まだ解釈しきれない同僚が首を傾げるので、私はもう一度キチンと続けて説明する。
「向こうは七日だとふざけたことを言ってたけどね。もちろん拒否したら七週間と食い下がる。だからまた拒否したら今度は七十七日、ラッキーセブンが二つもあるからそれにしようと煩かったんだけど、豚で叩きまくってようやく七ヶ月を勝ち取ったのよ」
「……さっぱり意味が分からないんだけど……」
あら、まだ分からない?
おかしいな。
すごく分かりやすいのに。
「だから、私とクズ彼氏が別れる期間の話しだよ。一度リセットしなきゃ、長年の溜まりに溜まった鬱憤が消えないからね」
「へ? じゃ、じゃあ七ヶ月後には元通りってわけ?」
「うん。……クズ彼氏がまだ私を好きでいてくれるならね。でも、七ヶ月の間に一回でも浮気したら本当に終わるから。奴の本気度を知るためには、この別れは必要だったのよ」
もし、クズ彼氏が七ヶ月を我慢出来ないのなら、それまでだ。私も迷わずに見限れるだろう。
「あのさ、言いづらいんだけど……さっきからこっちをずーーっと見てる黒ずくめの男って……」
「ああ、元クズカレだよ。七ヶ月間は接触禁止令を出したから。電話もメールも禁止。仕事も辞めたらしいから、ああやって四六時中、私をストーカーしてるのよ。それぐらいは許してくれって土下座するから仕方なくね」
「………」
「あ、でも皆に迷惑かけたら、その時点でも終わることになってるから大丈夫だと思う。今は。今後は分からないけど」
もう少ししたら、また浮気癖が始まるかもしれない。付き纏いが、明日には終わるかもしれない。
それを考えると、今の状況は素直に喜べなかった。
「いや、もうさ、クズは真実に目覚めてるから。絵梨花が逃げた時に気付けば良かったのに、今だもんね。アレは相当拗れて粘着質になってるよ。絵梨花は絵梨花でドMだし……七ヶ月後、祝福しようと思う」
「そうなるかなぁ?」
なるに決まってるでしょ! と皆に言われた。
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