生贄を求めている

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生贄を求めている

良く言えば一途。 悪く言えばただのバカ。 もっと悪く言えばクズを産み出す製造機。 仕事休憩のランチタイムは、私とクズの状況報告会&不名誉なあだ名を撤回しよう会、になっている。 「早く別れちゃいなよ」 「そうしたいんだけどね」 「黙って出て行っちゃえばいいじゃん」 「急に私が居なくなったら、絶対に大騒ぎすると思う」 「気にしてたらキリがないでしょ」 「気にするよ。だって皆に迷惑かけそうだもん」 かけそう、ではなく、かけた前科がある。 まさに、この場に集まる仕事仲間はその被害者だ。 昔、我慢出来ずに家を飛び出したことがあった。 心が折れる前の話しだ。 別れようと思い立ち衝動的に行った行為は、周囲に甚大な被害をもたらした。 クズは私の友人知人果ては上司や後輩にまで電話をかけまくり、相手にされないと分かると家にも押しかけ暴れ倒したのだ。 警察沙汰寸前で連絡を貰った私が慌てて駆けつけ事なきを得たが、二度と起こって欲しくない惨事である。 それを思い出したのか、別れをしきりに進めていた友人の口調が鈍くなった。 「あいつ、本当に頭おかしいよね。絵梨花が好きなら大事にすればいいのに」 「その好きも愛情じゃないからね。単に手に入れた自分のモノを離したくないって言う、癇癪起こした子供みたいな考えの執着だから」 愛があるなら、あんなに浮気しない。 一度や二度じゃなく、数え切れないほどなのだ。 もう病気だと思う。 好みの女がいたら口説かずにはいられない、ヤらずにはいれない、という理性を捨て本能に従う病い。 「別れたくてもクズが嫌って言ってる間は、まぁ仕方ないかなって思ってる。だから誰か引き取ってくれそうな人がいたら、是非紹介して欲しい」 クズをクズでも愛し、許容し、束縛も裏切りも甘んじて受け入れて、私をクズの執着から解き放ち、クズ本人に愛され望まれる女を。 「残念だけど、現実にいたら正気を疑う女の知り合いなんていないから。というか、その前に友人になりたくない」 「だよねー、やっぱり浮気相手の誰かを生贄にするしかないか。じゃあ来週の出張、やっぱり行くことにする」 「ええー、ちょ、大丈夫なの?!」 「平気平気。私もう三十二歳だよ。若くないもん」 我が社の利益トップの重要な取引先に、セクハラ大魔神の異名を持つ社長がいる。泣かした女数知れず。そんな所に女子社員が出向きたいわけがないし、副社長を務める社長の妻も、男性社員にしつこく誘いをかけるという。 共に七十代。 いい年齢なのに全く衰えない性欲、貪欲、好色さに、我が社の社員は出張を押し付け合っていた。 「七十代からしたら、立派な小娘だけどね」 「いざとなったら殴って逃げるよ」 会社を考えれば出来ない暴挙。 でも、どうせ近い内に辞めるつもりだったので、皆の仇を打ってから辞表を出そうと思う。 今回の出張は一週間。 この出張はクズに対する撒き餌だ。 前回は二、三日でも浮気したんだから、またやらかしてくれるだろう。 今度こそ浮気相手を生贄に。 出来れば彼女の私に対抗意識を燃やし、クズが嫌がっても決して離さないような苛烈さがあれば尚よしだ。
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