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君を殺す、一本の矢 ( クズ彼氏編 )
お前がいけよ。
やだよ、あんなブス。
合コン特有の裏話しは下劣だ。
今回は歳上のOL相手とあって、貧乏学生はヒモ志願の下心丸出しで、少しでも美人を狙おうと躍起になっていた。
ブスと称された絵梨花という女は、誰とも喋らず、黙々と飲み会の席で皿やジョッキを片付けて、隅の方で大人しくしている。明らかに人数合わせだし、乗り気じゃない態度は見てれば分かった。
皆見る目がない。
美人は男に慣れているし、いつだって選ぶ方だからヒモになりたい邪な思いなんて見抜かれる。
その点、ブスは男に慣れてないから扱いやすい。
俺は迷わずブスこと絵梨花をターゲットにした。
可愛いね。ひと目で好きになっちゃった。
警戒心丸出しの絵梨花に、くそ寒い口説き文句を甘い声で囁く。適度なスキンシップも忘れず一心にアプローチしていれば、呆気ないほど簡単に落ちてくれた。
部屋に押し掛けても嫌がらない。
居座っても甲斐甲斐しく面倒見てくれる。
おまけに小遣いまでくれるなんて、お人好しも過ぎるというものだ。
絵梨花は知らないだろう。
その小遣いが他の女に流れているという事を。
ブスを騙す悪い男は、浮気相手の女と一緒になって学生時代はずっと陰で絵梨花を笑い者にしていた。
俺の裏の顔に気付かない絵梨花は、毎月お金を用意してくれる。学生は勉学も遊びも、その時にしか作れない思い出になるからと、笑って。
流石に罪悪感が刺激された。
就職したら用無しだと捨てるつもりだったけど、充実した学生生活を送れたのは絵梨花のおかげ。恩返しのつもりで、その後も付き合ってやることにした。
いつか捨てる。
本当に好きな人が出来たら別れる。
遊びを繰り返しながら、絵梨花とは縁を切る前提で過ごしていたけれど。
社会人になっても俺を子供扱いする絵梨花が無性に腹立たしい。対等ではないと甘やかされればされるほど、学生時代は嬉しかった扱いに嫌悪を感じるようになっていた。
思い切り傷付けてやろうか。
どす黒い不快さが牙を剥いた。
上手に隠していた浮気が見つかるように。
そう仕向けた。
泣けばいい。
聖母のような純真さで真っ直ぐに俺を見る顔を、醜悪に歪めて罵って来い。それを見たら捨ててやる。
と思っていたのに。
魔が差した、と浮気ならではの言い訳を口にすれば、絵梨花は泣いた。ただし、俺が望んでいた醜悪さはなく、ただただ綺麗な涙を流していた。
ズキリと、胸の奥が酷く軋んだ。
罵ることもせず、私も悪かった、愛してるから苦しいけど許すよ、と言われた時、俺は何かを間違えた気がした。
相変わらず痛い胸、訳もなく腹の底から咆哮が込み上げる。
捨てるつもりだったのに。
その夜、俺は泣く絵梨花を丁寧に壊れ物でも扱うように優しく抱いた。
ごめんね。
好きだよ。
愛してる。
と、別れとは真反対な言葉を口にして。
魔が差した、ではない。
俺が絵梨花のあったかくて純粋で、大切にしなければならない剥き出しの心を刺したのだ。
目には見えない矢で。
決して治らない傷痕を残してしまった。
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