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君を殺す、三本目の矢 ( クズ彼氏編 )
自分でもどうしていいのか分からない。
何がどうなっているのか分からない。
ただ、息苦しい。
ただ、もどかしい。
何とも言えない胸のつかえがずっと取れず、喉を締め付ける不快さが続くばかり。
思えば、別れを切り出される前からおかしかった。
一度絵梨花が俺の元から逃げ出した時、逃げ出した事実は知っているのに、戻って来てくれた記憶があやふやだ。
ただ、ホッとした。
ただ、元通りになった事に心が震えていた。
「嫌」と拒絶してから、俺は絵梨花のことを「えーちゃん」と呼ぶようになる。
大人の男らしい振る舞いもやめ、喋り口調も子供のようにした。
そうすれば、最初の頃の、あんなに嫌だった子供扱いをするえーちゃんが、純真なままの気持ちを俺に向けてくれたえーちゃんが、帰って来るような気がして。
それを壊して痛め付けたのは自分なのに。
望んだ言葉を貰ったのに。
矛盾する行動に訳もわからず安心した。
そこで気付けば良かったのだ。
何度も何度も訪れていた「きっかけ」に目を背け、追い詰められるような辛さを味わいながら性懲りも無く浮気を繰り返す。
違う。そうじゃない。
胸の内で必死に叫ぶ声を、俺は自分の行動の変化に対する無意識の拒絶だと思い込んでいた。
だって、そう思わなければ、壊れてしまう。
最初から騙していた。
付き合ってからも裏切っていた。
自分のしてきた仕打ち、戻れない過去、やり直すことなど出来ない現実に、自我を保つ自信がなかったから。
それなのに、俺は静かに壊れていった。
自分で自分を壊している事にも気付かずに。
結婚しよう。
浮気をやめないのに妙な事を口走る。
えーちゃんだけだよ。
浮気をしてるのに嘘つき真っしぐらな事を口走る。
断られて当然なのに、口癖のように言っていた。
そして、あの日。
壊れていた俺は、決定的な亀裂を入れればこの苦しみから解放される、という何とも身勝手な理由で女を家に引き入れた。
鉢合わせる事は想定済み。
能面になったえーちゃんが泣いて怒って縋って来たならば、答えが分かるような気がした。
幸せがやって来るような気がした。
アホだ。
今なら分かる。
ただ当時は、そんな願望のような妄想に取り憑かれ、長らく浮気で興奮しなかった気持ちもアレも昂っていく。
えーちゃんにするように、シた。
この女はえーちゃんだと思いながら、唇に食い付いた。
バカだった。
とんでもない勘違い野郎だった。
何の感情もない聞き慣れた声に飛び上がる。
無を極めた表情で浮気女に俺を押し付けている。
思い描いていた未来が崩れ落ちた瞬間だった。
分からなかった苛立ちの正体にようやく気付いた瞬間でもあった。
心の中は大荒れ。
自分の鈍感さ、逃げ癖、七年培って来た俺という存在を消し去りたくなった。
でも、でも、でも!!
えーちゃん、ごめんね。
とっくの昔に見限られているのに君を離せない。
初めての恋なんだ。
ずっとずっと気付いてなかったけれど、七年を過ごす内に好きになっていた。後戻り出来ないぐらいに、愛してしまっていたんだ。
理解したら胸の奥に隠れていた感情に火がついた。
捨てさせない。
捨てられるものか。
石に齧り付いてでも離れない。
テコでも動かない。
絶対に!!
えーちゃんの考えなんてお見通しなんだからね!!
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