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違和感、増し増し
セクハラ大魔神と相対する為に気合いを入れて向かえば、なんとセクハラ大魔神は会長の座に退き、息子である長男が社長の座に着いていた。
副社長も同様に息子の妻が就任したらしく、皆の仇打ちは不発で良かったのか悪かったのか。
一週間仕事でずっと接していたけれど、あのえげつない老夫婦と違い、血縁とは思えないくらい息子社長は誠実で、その妻も穏やかな良い人達だった。
今度からは、押し付け合わずとも来れると会社の同僚には報告しておこう。
そして最終日。
出向いたお礼を兼ねて宴会を開いて下さると言うことで、社員一同様と一緒に美味しいお鍋を楽しんだ。
「二次会、どうですか」
「そうですね。行きたいのは山々ですが、結構飲んでしまったようで。これ以上お付き合いしてご迷惑をかけるわけには……」
取引先に出向けば、次の誘いはままあるもの。
お開きになり外に出たら社長に声をかけられたが、一貫して私の断り文句はこれである。
「大丈夫ですよ。無理に飲ませませんし、もし気分が悪くなったらちゃんとお送りしますから」
うん?
割と強引だな。
あの断り文句を聞いたら行く気はないと分かるだろうに。社会人の嗜みで、失礼にならない言い回しをして食い下がられたのは初めての経験だ。
しかも、何気に皆から離されているし。
もしかしなくても、マズイ状況なのかもしれない。
ちょっと副社長。奥さん。どこ?
「ああ、妻は妻で社員と二次会ですよ」
「わ、私達もそれに合流ってことですよね」
頼む。そうと言ってくれ。
どんどん遠くなる副社長と社員の背中を目線で追いかける。本当はダッシュで向かいたいところだが、私の行く手を阻むかのように社長が目の前に立っていた。
「いえ。遠いところわざわざお越し下さった方を社長個人としてもてなすのは、私が社長に就任してから掲げた理念です」
つまりなんだ。
二人きりで、と言いたいのか。
胡散臭い理念を押し付けられても困るんだけど。
誠実そうな顔で、喋りながら間合いを縮めてくる。
ずり足で後ろに下がっているけれど、着実に追い詰められていた。
「雰囲気の良いバーを知ってます。案内しますよ」
「いやぁ……でも、」
「珍しいお酒も、もちろんお酒以外も扱ってますから、少しだけでも是非」
どうしよう。
上手い回避文句が浮かばない。
完全に安全牌だと気を緩めていた。
こんなの想定してなかっ……!!
「知ってるかオッサン。気のない女を強引な手法で連れ出そうとするのは、いくら大人でも見ようによっては誘拐や強制わいせつ一歩手前って思われても仕方ないよね」
「だ、誰だ君はっ!」
「誰でもいいじゃん。んな事より、俺は今あんたを犯罪者かもしれない、と思っているけど?」
「な、し、失礼な! そんなわけないだろう!」
「じゃ、えーちゃ、んん、おほんっ!
……彼女の言葉通り彼女を解放してくれるよね。しないなら大声で叫んじゃおっかなー」
せーの、とのけぞる、全身黒ずくめの男。
社長は慌てたように走って逃げて行ったけど、私はこの男にお礼を言うべきなのだろうか。
「……何してんの」
「ん? オレハトオリスガリノヒーローデスヨ?」
「そんな事を聞いてない! あんた仕事は?!」
「……えへ、無断欠勤しちゃった」
えへ、じゃないでしょう?!
何やってんの!
というか、最初のアレはやっぱりあんたか!!
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