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同棲七年目の現実
何の約束もしなかった。
期限も決めなかった。
目の前にある幸せが、ずっと続くと信じて疑わなかったから。
遠い昔となった温かな記憶。
今は見る影もない。
耳に届く現実が、目に映る現実が、積み重なって泥のように覆い尽くし、記憶そのものを飲み込んでしまったから。
七年過ごした部屋を、見慣れたリビングをぼんやり眺める。
不規則な間隔を開けて床に脱ぎ散らかる服は「彼ら」の心情を如実に表しているのだろう。
確か一度目は「魔が差した」だった。
泣いて怒って別れようとしたけれど、愛していたから初めての過ちを許した。
二度目は「酔っていた」だ。
酒の上でのこと、正気じゃなかった、などと言い訳ばかりを繰り返され、食事も喉を通らないほどのショックを受けた。
三度目は「えへへ、ごめんね。シちゃった」という簡潔な申告。
首に残るキスマークを問い詰めたら、開き直られて唖然としたものだ。
たぶんこの時に、私の中で死んだと思う。
恋心も、信頼も、信用も、彼自身でさえも。
四度目になると、過去の教訓の賜物か、前兆のような行動に気が付いた。でも何も言わなかった。
ああ、またか、今度は何て言うんだろうと、他人事みたいに考えて、事実を知っても三度目までと違い心は凪いだままだった。
五度目六度目と回を重ねられても無。
遊びだった、許してくれるよな、お前が一番なんだ、というお決まりの言葉は耳を素通りしていく。
そして今日。
とうとう決定的な現場を見てしまったけれど。
何の感情も沸いて来ない。
怒りも悲しみも悔しさも。
ただ、寝室に行くのももどかしいと言わんばかりに狭いソファで激しく絡まり合う姿は、人間の皮を被った獣のようだ、という感想を持っただけである。
このまま見ていても仕方ない。
終わるまで待ってあげる義理もない。
扉を開けて中に入り込み、夢中で互いの唇を貪り合う獣二人に私の存在を知らしめた。
「お楽しみのところ悪いんだけど」
「わあぁっ!!」
「きゃあぁっ!!」
ソファから転がり落ちる全裸の獣二人。
大事なところをおおっ広げに曝け出すサービスなんて要らないから。
「出張帰りで疲れてるからさ、手軽に食べれる物を買って来たんだけど。浮気相手を家に連れ込むなら先に言っといてよね」
仕事用カバンを置き、惣菜が詰まった買い物袋をテーブルの上に放り出す。
床に散らばる服を放ってやると、すっかり熱の引いた獣達が慌てて身を隠していた。
「か、かか帰って来るの、明日じゃなかった?」
「今日だよ。着く時間もメールしたよ。既読になってなかったけれど」
私の登場に可哀想なほど怯えている彼女。
盛り上がってるところに平然と乱入するなんて、得体の知れない怖さがあるのかもしれない。
別に怒ってないのにな。
誤解をとくために、努めて優しく語りかけた。
「ねぇ、彼女さん。コレ、私の好みで選んだから要らないなら冷蔵庫に入れといて。お邪魔だろうからもう行くけど、帰りは二、三日後にした方がいい? それともこのまま二度と帰らない方が良いならそうするけど」
ご飯も部屋も彼氏も譲るよ、と遠回しに言えば、彼女は乱れた服のまま這うようにして出て行ってしまった。
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