39歳で青春するのはダメですか

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 初めて香織とキスをした日の夕方。 結局、朝ご飯を食べた後、急激な睡魔に襲われ、起きてみればこの時間だ。  極力、太陽と同じ周期で寝食を摂ろうと心掛けてはいるが、たまにこうして昼夜逆転が起こると、しばらくはそのまま続いてしまいがちだ。 「気をつけなきゃな・・」  気持ちは若いつもりでも、身体の方は無理が効かなくなってきている。体力が落ちたのも実感するし、肌にハリも無くなってきた。  そんな事を考えると、急に不安に襲われる。もしこのまま香織と本当に結婚なんて事になったら。 俺が60歳の時、香織は今の俺と変わらない年齢なのだ。  まだ若い香織が、今は好きと言う感情で胸をときめかせていても、やがて必ず訪れるであろう倦怠期に、こんなおっさんと一緒に外を出歩く事に、嫌気が差す可能性は十分にある。  本当に好きだとしても、叶わない恋は必ず存在する。それは身を持って知っている事だ。歳の差というのは、世間が思うより遥かに高い壁だ。  俺はまた同じ過ちを繰り返すのか。もう懲り懲りではなかったか。今もまだ、心の底には忘れられない里帆の笑顔が枷となり、蝕み続けている事に何故目を背けようとする。  怖い。香織もまた同じ様に、離れて行ってしまうのではないだろうか。そうしたら、俺はもう、今度こそ終わるかもしれない。傷付きたくない。逃げ出したい。嫌な事をわざわざ抱えこむ理由はない。  「どうしました??大丈夫ですか!?」  香織がひょこっとロフトへ上がる梯子から顔を出して声を掛けてくれた。  「あぁ大丈夫!おはよ香織」  香織はそのまま梯子を上がるなり抱きついてきた。  「ほんとですか?ほんとに大丈夫ですか?」  顔を俺の胸に埋めたまま、香織は俺を目一杯抱きしめて言った。  「うん・・大丈夫だ」  香織の頭を優しく撫でながら、今はこのままでもいいか・・幸せである事に甘えるのもいいなと思った。  「昼ごはんにしましょ!」  香織は顔を上げてニコッと微笑んだ。 「さっき朝ご飯たべたような・・」 「私はあれからずっと起きて、トイレ掃除とか、床掃除してお腹空いてるんですからね!」 「そっか。ごめん任せっぱなしで」 「昼ごはん食べたらお出掛けですからね!ドライブ行くって言ったのは雄大さんなんですから!」  ぷんぷんしながらも、どこか楽しげな香織を見て、また幸せを感じた。この子はいつもいつでも可愛くてずるい。 「はやくー!降りますよー!」 「はいはい」 「はいは一回です!習わなかったんですか!」 「はいはい」 「んもー!」  昼ごはんを食べた後、車を予約してドライブに出かけた。香織はドライブが好きみたいで、流れる景色を観ながら始終、楽しそうだ。 「車っていいですねー!気持ち良すぎます!」  窓を開けて外の空気を目一杯吸い込み、少し寒くなってすぐ窓を閉めてブルブル震えだす。なんとも香織らしい。可愛い過ぎだ。今日一日で何度、自分の彼女に萌える事だろう。 「海は朝見たし、山を見るってのもなんだし。どうしよっか」 「あなたと一緒ならどこへでもー!連れてってください!」  そう言って彼女は飛びっきりの笑顔を見せる。 この瞬間がたまらなく愛おしい。 「じゃあまた海だ!見せたい景色がある」  俺は横浜新道へ向け、ハンドルを切った。もう行く事はないと思ってた場所へ。思い出が詰まった湘南七里ヶ浜へ。
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