39歳で青春するのはダメですか

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 国道134号線を鎌倉から江ノ島方面へ向かう途中に江ノ島電鉄七里ヶ浜駅がある。湘南と言うと江ノ島や稲村ヶ崎を連想する人も多いだろう。  有名ではないかもしれないが、俺は七里ヶ浜が好きだ。ここは、いつ訪れても他の街とは違う空気が流れている。特に何か特別な建物や施設がある訳ではない。  ただこの場所に来て、この場所で深呼吸するだけで、特別な時間が始まるような気がして、心臓の鼓動が少し早くなる。  香織は湘南に来るのが初めてだった。視界が開けた海岸線から遠くに見える江ノ島、窓を開ければすぐに車内を満たす潮の香り、初めて見る江ノ電。  彼女の目には、この場所はどう映っているだろう。どう感じているだろう。  「なんだか違う国に来たみたいです!」  香織は窓からちょこんと顔を出し、間もなく沈む夕陽を見ながら、とても嬉しそうに景色を見ていた。  「今日は太陽が上るのも、沈むのも見れちゃいますね!すてきー!」    俺は某バスケ漫画で有名な踏切を越え、七里ヶ浜の住宅街へと車をやった。坂を登り、細い路地を抜け、目的の場所へと。  「着いた」  その場所は何の変哲もない、小さな公園だ。藤沢市管轄の様だが、それを示す看板があるだけで、他には何もない。  あるのは江ノ島に沈む夕陽と、何処までも続くオレンジ色の海、高台にポツンと建つ白い一軒家だけだ。10年、20年経っても変わらない景色がそこにあった。  「うわぁ・・きれい・・」  車から降り、香織と手を繋いで一緒にみたその景色に、彼女は息を呑んだ。これを君に見せたかった。そして何より、2人で見たかったんだ。  「ここ、とって置きの場所」  香織はゆっくり沈む夕陽と、オレンジ色から薄いブルーへ色を変えていく海にまだ見惚れている。  「きれいです・・とっても・・」  話そう。俺が未だに未練を引きずっている事を。 香織と里帆を重ねてしまっている事を。そう思ってここを選んだ。ここでなら全て隠さず、正直になれる気がしたんだ。  「香織」  香織はゆっくり俺の顔を見上げた。繋いだ手に力が入ってしまうのを、懸命に堪えた。逃げない。逃げないぞ。ちゃんと話すんだ。  「俺さ・・5年前にもここに来てるんだ」  香織は俺を見つめたまま黙って話を聞いている。  「その時も、隣に同じく女の子がいた」  「そうだったんですね・・」  「その子も歳下で・・その時、20歳だった」  歳が離れた子と付き合うのはこれが2度目。 こんな事をわざわざ言う必要はないかもしれない。 だが、俺は言わなきゃならない。  「まだ完全に忘れてないんだ。その子のこと」  空気が、時間が止まったような錯覚に陥る。 これで香織が俺の事を、未練がましい男だと嫌いになってしまうかもしれない。だが、いつまでも 本心を隠して香織と一緒にはいられなかった。  「そう・・なんですか」  香織は視線を再び海へ戻した。夕陽がもうすぐ完全に水平線へと沈む、その一歩前だった。  「何度、忘れようとしても忘れられない。自分でも嫌になるよ。いつまでもいつまでも・・」  「どうしてここに私を連れて来ようと思ったんですか?」  香織がまた俺を見上げた。その瞳には、少しの寂しさと不安が滲んでいた。  「記憶の上書きをしようとしたんだと思う」  正直な気持ちだった。香織にだけは嘘は付かない。ありのままを曝け出すんだ。  「上書き・・できましたか?」  そう言うと香織は、そっと俺の左腕にしがみついて俯いた。軽く肩を震わせながら。  「うん。しっかりと」  そのまま香織を抱き寄せた。俺のエゴに付き合って、たくさん言いたい事もあったと思う。でも、我慢して受け入れてくれた事が本当に嬉しかった。  「普通の女の子なら引いてますよ」  香織は俺の胸に顔を埋めながら言った。  「だよな・・」  「私ならって思ってくれたんですよね」  やっぱり香織には見抜かれていた。それが分かっていたから、必死に我慢して耐えてくれたんだ。  「雄大さんには私じゃないとダメですね!」  香織は抱きつきながら意地悪に笑った。  「そだな。香織がいい」  「ちゃんと全部聞かせてください!なんで別れて5年も経つのに忘れられないんですか!どの位付き合ったんですかー!どこで出会ったんですか!」  まくしたてながら香織が聞いてくる。  「えーと・・まぁ順序立てて・・」  「まさかまだ連絡先残してないですよね」  香織が両手で俺を押し、引き剥がして俯いた。 これは・・まさかスイッチが・・  「そ、そんな訳ないじゃん」  香織が手のひらを上に向け、左手を差し出した。  「スマホ見せてくださいよ」  「えっ」  「スマホです。連絡先とLI○Eだけでいいです」  まずい。これはまずい。 里帆の連絡先もLI○Eも残ったままだ。見られたら・・  「あ!充電切れてたよ!かえっ・・た・・」  「言っときますけど、これからは嘘つく度に、ちんこをマイナスドライバーで刺しますからね?」  ギロリと闇のオーラを纏わせながら香織は俺を睨みつけた。これは本気だ。マジなやつだ。1か月後には俺のちんこは➖の形をした穴だらけになるかもしれん。  「す、すいません・・」  俺は素直にスマホを差し出した。香織は無表情のまま連絡先を見て、俺に構わず《山邊 里帆》を消去した。こ、怖い・・  立て続けにLI○Eを開き、里帆をブロックし、トークを内容は見ないで即削除した。  「はい!これでスッキリですね!」  香織は笑顔でスマホを俺に返してきた。笑顔が何となく歪だった気もするが・・  「トーク内容・・見なかったの」  「見ません!そこまでデリカシー無い女じゃないですー!べぇーっ!ぷん!」  香織はぷんすかしながら、小さくあっかんべーをした。か、可愛い・・  「ちゃんと話してくれると信じてるからです!ちゃんと雄大さんの口から聞きたかったんですぅ!今日は、私が納得するまで、寝かせませんからね!」  「あぁ。ちゃんと話すよ。全部」  車の助手席に向かいながら、くるっと振り返って  「約束ですよ。ちゃんと受け止めますから」  夕陽が沈んだ後、辺りが暗くなり始め、よく見えなくなっても、その時の香織は淡い優しい光を放っている様で・・。一際、明るい道導にさえ見えた。
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