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そこから一年間の同棲生活が始まった。里帆の父親は当然、大反対だった。毎日、帰ってこいと里帆に電話が来ていた。俺も帰った方がいいと、当然言ってはいたが、里帆は頑として受け付けない。
家出同然で飛び出してきたのには理由があった。
里帆の本当の母親は、14歳の時に交通事故で亡くなっていた。それ以来、家の家事は里帆がするしかなくなり、母親の代わりにならねばならない生活だった。
父親と三個下の弟との三人暮らし。大変だったが嫌ではなかったらしい。それが17歳の夏に変化が起こる。父親が新しい母親を家に連れてきたのだ。
思春期真っ只中だった里帆にとって、実の母親の死から2年半しか経っていないのに、新しい女を作った父親が酷く腐って見えた。
そこから里帆は継母はもちろん、父親とも口を聞かなくなった。苛立ちと不安でどうしたらいいかわからず、深い闇に足を取られた里帆にとって、何でも話せる存在だった俺は、唯一の光だったのだ。
話をする度に俺への想いを募らせ、いつの間にか顔も知らない相手であっても好きになっていたようだ。考えてみれば、一年のネット繋がり期間中、何回好きだと言っていただろう。
里帆の想いを軽く考え、ネットだからと適当な嘘を並べていた自分が恥ずかしい。もう33歳だったわけだし。立派なおっさんではないか。
だから里帆には、俺がどんな容姿だろうと、好きでいる自信があったのだ。だから、荷物をまとめて先に送っても構わなかったのだ。最初から引き返すなんて、微塵も考えてなかったんだ。
一緒に暮らす日々が続けば続くほど、里帆への想いは強さを増した。実は33歳のおっさんだと分かっても尚、里帆はそれを揶揄いながら
「年齢なんて関係ないよ!気にしすぎ!」
と笑っていた。その笑顔が今でも胸に突き刺さり、抜けないトゲとなっているのだが・・。
色々な所へ一緒に出かけたり、泣いたり笑ったりの毎日。リア充と言うやつを生まれて初めて経験したのもこの時だ。
その時は一生、こんな時間が続くのだと一切疑っていなかった。年中、頭が沸騰している感じだ。
ただただ楽しかった。
そんな時間が突然、終わった。あっけなく。
里帆が来て一年余りが過ぎた4月上旬。横浜では桜がちょうど満開だった。週末には花見に行こうかと2人で話していた。
仕事から帰り、ドアに手を掛けた瞬間、嫌な予感が身体中を駆け巡った。悪寒に近かった気もする。
ゆっくりドアを開くと、いつもの様に夕食の支度が済んでいて、いい匂いがするはずが、部屋は真っ暗で何の匂いもしない。
そして気付いた。里帆の靴が一切ない。ブーツもサンダルもスニーカーも。悪寒が止まらない。恐る恐る部屋の電気を点けると、里帆の荷物は一つも無くなっていた。
呆然とし、何が起きたのか分からなかった。部屋をゆっくり見渡すと、テーブルの上に一枚の紙が置いてあった。
慌ててその紙を手に取ると、見慣れた里帆の字で書かれた書き置きだった。何て書いてあったかは、よく覚えていない。ただ、半年くらい前から出ようと考えていた的な事は書いてあったと思う。
とにかく電話をかけた。もう繋がらないかと思ったが、里帆はすぐに出た。
「んー飽きちゃった。雄大おじさんだし。面白くない」
「雄大はもう彼女できないよね。だって出会いないでしょ?」
「忘れ物があったら捨てていいから」
「もう連絡しないでね。これ切ったら全部消すし。」
里帆がそう言っていたのは覚えている。どこに行ったのかは聞いたが教えてくれなかった。それ以来、一切連絡は取っていない。連絡先を消してなかったのは俺の方だけだろう。
「てな事がありました」
もうすぐ横浜新道だ。乗れば車は流れ出す。昔話をするには丁度いい渋滞だったかもしれない。
「どうして忘れられないんです?」
香織は心配そうな面持ちで聞いてきた
「なんでだろう・・結末がどうあれ、そこに至る過程がやたら光って見えてる・・のかも」
香織は両手を膝の上で握りしめ、肩を震わせて俯いて言った
「彼女・・できましたね」
あっ・・
「彼女!出来ましたよね!」
香織は必死に我慢していたのを一気に放出するように、ぼろぼろ涙を零しながら俺に抱きついた。
「ざまーみろって言ってやりたいです!今の雄大さんには私がいるって!!私と雄大さんは、あんたと過ごした一年なんかよりずっとずーっと!幸せな時間を共有できるからって!!」
香織・・
「だがら!もうわだじじかみちゃだめでず!!ぜったい!!ぜーったい!!わだじはゆうだいざんからはなれないから!!ぜーーったいでず!!」
もう泣き過ぎて何て言ってるかわかんねぇよ・・
でも・・でも
「香織、ありがとう・・」
「ゆーだいざーーん!ゔえーーん」
ありがとう本当に
久しぶりだよ
暖かい想いに触れて、泣きたくなったのは
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