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耳舐め事件の夜、お詫びとばかりに香織を焼肉に連れていく事にした。何せ、とある焼き肉屋の平日お会計から50%割引クーポンを手に入れたからだ。
「焼肉!!誤魔化してもだめです!私、そんな単純じゃありません!ぷんっ」
「じゃあ一人で行くか」
「何でそうなるんです!?行きます!行きますよー!ずるいです!汚い大人です!嫌いです!」
だんだん香織の事が分かってきた。単純だ。非常にわかりやすい。俺からするとそれは弱点ではない。悶え要素だ。可愛いとしか思えない。
「高いお肉しか食べないですから!近江牛の特上カルビしか食べれない体ですからね私!」
そんな上等の肉を置いてある店に連れて行くとでも思っているのかね君は。
「わかったわかった」
「むむー!ほんとに遠慮しませんからね!私、お財布持っていかないですからね!」
夕方、香織は支度してくると言って部屋に戻った。焼肉なんていつぶりだ。一人焼肉なんてのが楽しめる店もあるが、どうも敷居が高い。カラオケやらボーリングなんかは一人で行くものだが。
俺も準備をして外に出た。ゾンビだらけのこの街も、香織が一緒にいれば平気だ。気付かない内に少しずつ変わっているのかもしれない。
鍵をかけようとした時、左隣室のドアが開いた。
え?まさか?そのまさかだ。
「用意できたよ!いこ!」
朝に会った時のかっこのまま、トレンチコートを羽織り、白いハイヒールが似合い過ぎる玲奈ちゃんのご登場だ。
「れ、玲奈ちゃん??」
すると、いきなり左腕にしがみついてきた。
「焼肉ぅ!久しぶり!」
「えっ!?なんで知ってるの??」
「あんな大声で話してたら嫌でも聞こえるよー」
香織の声は壁を擦り抜け、隣室に丸聞こえだったようだ。つかこのアパート、防音性に優れてると思っていたんだが・・
「えっでも!香織が!」
「仕方ないから3人で行けばいいじゃん!」
無茶苦茶な事を言ってますよ・・
「し、仕方ないって!香織が許すわけ・・」
ガチャっと右隣室のドアがゆっくり開く。既に感じるダークネスオーラ・・まずい・・
「何してんの?」
「何ってこれから焼肉デート。香織さんも来る?」
こ、こいつは何を言って・・
「もういい」
そう言うと香織は、空いている右腕にしがみついた
「どっか行きなさいよ!雄大は私の旦那さんなの!」
「はー?たとえ結婚してるから何?デートしたっていいじゃん」
ぐおぉ・・この子は半端ねぇクラッシャーだ。
例え可愛い奥さんと子供が2人いて、新築一戸建てを買ったばかりのおっさんであろうと、玲奈ちゃんならぶち壊して獲りにいく気がする!
「頭おかしいんじゃないの!つかいつまで抱きついてんの!早く帰りなさいよ!」
「香織さんこそ、奥さんなら部屋で夕食作って、旦那さんの帰りを待つ、健気幼妻でもしてなよー」
なんだこれ・・リアルでこんな事ある?
一昔前のギャルゲとか、ハーレム系アニメでよく見るやつだよ。こんな展開望んでないんだけど。
「雄大さん!はっきり言ってください!男でしょ!旦那でしょ!なんでされるがままなんです!?」
ごもっとも。ここは一発、男らしい・・とこ・・
玲奈ちゃんが、したり顔で声を出さずに、口を動かして「みみ」と言ってるのを見た。
「あーほら!3人でいこ!近所迷惑になるし!みんなで食べたら美味しいし!」
肉の味がしない。あれから怒り狂う香織を宥め、事あるごとに「みみ」と囁いたり、舌を出して舐める仕草をしたりして、脅迫してくる玲奈ちゃんをフォローしたり。
なんだこれ・・折角、香織の機嫌を取ろうとしたのに、余計地獄化するとかありえんだろ・・。
「あんたあっち座りなさいよ!狭い!」
「そっちが無理やり座ってんでしょ!」
4人掛けテーブルの片側に、3人で座っている。
牛肉だけにぎゅうぎゅうだとか言ってる場合ではない。店員や他の客の視線が痛い。見るな!見るんじゃない!
「じゃんけんしよ!負けた人がそっち座る!」
えーと・・あれ?これ正解?
俺の一人負けにより、俺一人で座る形になった。
まぁいいか。
「ちょっとー!なんでこうなるの!この狐女の隣で焼肉なんて冗談じゃないわ!」
香織が席を立とうとしたのを、玲奈ちゃんが止めた
「はいはい。もういいって。折角の焼肉なんだからゆっくり食べましょうよ」
おぉ・・どっちが年上かわからなくなったぞ。
「ほ、ほら!カルビ焼けたよ!食べよう!」
香織は膨れっ面のまま、俺と一緒のハイボールをグイッと呑んだ。玲奈ちゃんはニコニコしながら、カルビを美味しそうに食べ始める。修羅場に慣れてるのか・・?
「すいませーん!ハイボールくださーい!」
香織は意外と酒には強い。夕飯に缶ビール2本飲むくらいでは全く酔わない。ハイボールだとどうなるのかはわからないんだが。
「ねぇ!どうして雄大さんにちょっかい出すの?」
香織らしいストレートな聞き方だ。俺も知りたい。
「好きになりそうだから」
玲奈ちゃんが即答した。なぜ?why?こんなおっさんのどこに惹かれたと言うのか。
「何それー!雄大さんと出会って、全然間も無いじゃない!」
「一緒にいる時間の長さイコール恋心じゃないでしょー」
こ、この子は・・分かってるな。まだ19歳ですよね??その答え出せる様になったの最近だけど俺!
「はぁ??一目惚れってこと??」
待て。その物言いは、こんな39歳引きこもりニートおっさんに一目惚れとかないでしょ普通、的なやつだよねそうだよね!
「んーまぁそれに近いかな。良かったね旦那さんがモテモテで」
香織のダークネスオーラが、ネオダークネスオーラへ進化した気がする・・。究極進化した日には、世界は滅亡へ向かうだろう。
「旦那さんって・・そう思ってるなら引きなさいよ・・」
「嫌。好きになるのは自由。選ぶのは雄大」
くっそ!もし香織がいなかったら抱きしめてるよ!今すぐキスしてますよ!なんだこの可愛い生き物は!
「はぁ・・もういい。好きにすれば」
香織はぐったりした様子で、テーブルに肩肘をつけ、おかわりのハイボールを飲み出した。
「じゃあさ。香織さんが一緒にいる時は、雄大の部屋に行ってもおっけて事にしない?」
は?
「雄大が1人の時は行くの我慢するよ。それなら香織さんも安心でしょ」
そんなの香織がいいって言う訳・・
「・・好きにすれば」
えー!ちょっと!なんで!
「やった!宜しくね!2人とも」
あれ?俺の意見は?それ大事じゃね?
俺の部屋だけど??
「その代わり。もし二人っきりで部屋にいたり、会ったりしてたら・・」
やばい。近くに刃物ないよね大丈夫だよねマイナスドライバーとかもないよね!
「別れる」
あ・・
「わーお!それは是非二人っきりにならなきゃ」
楽しそうな玲奈ちゃんだが、俺は気が気ではない。香織は初めから玲奈ちゃんを警戒してないのだ。香織にとって大切なのは、俺が香織以外の子に気がいかない事だ。
そんな事ある訳がない。俺は香織が好きだ。香織が隣にいない事など考えたくない。だが、これは香織からの試練だ。試されているのだ。
自分への想いが本気なら、こんなクラッシャー女狐に惑わされるなんてないよね?って事だ。わかってるさ。大丈夫だ。信じろ。
「雄大さん。いいですか?それで」
香織が真剣な眼差しをこちらに向けて聞いてきた。
「あぁ。わかったよ。そうしよう」
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