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佐野さんは強く、正しい女性だと思ってきた。わたしとは対極の位置にいる人。
社内で不倫して離婚しそうになっているわたしなど自業自得と切り捨てればいいのに、それが出来ない人。
「佐野さん、ありがとうございます」
「……また焼き肉奢りなさいよ」
「はい、承知しました」
ちょうど乾燥機が停止する音がする。これから急いで着替え、空いているスーパーを探して朝食を作ろう。
◆
トーストにジャムを塗りながら、一体この人は何を考えているんだろうと橘くんは思っている。
既に席につき、コーヒーを飲むわたしは離婚の申し出を受け、出ていったはずなのに。
「おかえり、といった方がいいのか?」
「行く場所がなくて帰ってきたんじゃないの。しっかり話し合いたくて。これからのこと」
「……」
「話し合いたいの。朝は忙しないから、別に時間を作って欲しい」
「話し合っても折り合わず、結果は変わらないと思うけど?」
「はい」
橘くんはカップをおき、やっとわたしを見た。寝てないんだろうな。性格からして追い出したりしないと分かっていたものの、そんな風に淋しい顔をするなんて計算外だ。
「おかえり、唯さん。今日は早く帰るよ。いってきます」
「いってらっしゃい」
橘くんの皿には手付かずのトーストが残っている。当たり前だけどわたし達にとって、いつもと同じ朝じゃない。
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