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今にも泣き出しそう。こんな顔したら、ユウトくんに期待させてしまうのも仕方がない。
溢れてきそうなものを飲み込む。
「いい加減にして!」
隙を狙い、ユウトくんを突き放す。
「脅迫まがいな物言いはよして。不倫の事実を話したいなら話せばいい! 写メも見せたいなら見せればいい!」
ユウトくんが予想するリアクションを橘くんは絶対とったりしない。とはいえ最低限、妻の不貞を知らされた夫としての演技はするだろう。
橘くんはそういう人なのよ、プライドが高く、一人でなにもかも出来てしまう人なんだから、自分で思い出しながら唇を噛む。
「俺には無理だって考えてる? やるよ、俺はやれるから! こんなんじゃ、どうしたって諦められない!」
「じゃあ、彼に不倫を暴露すれば諦められるの? それとももう一回寝たら諦められるの?」
「……」
「酷いこと言ってる自覚はある。最低だと罵ってくれて構わない。でもーー」
押し倒された拍子に転がったバッグを手に取る。ハンカチに押し花を挟み、しりもちをついたままのユウトくんに渡す。
「証明してって言ったよね? わたし、ユウトくんに嘘はついてない。それだけは誓える。それくらいしか誓えないもの」
膝の上のハンカチが一瞬で丸まる。意思を込めた瞳でユウトくんに語りかけるのは、振り返ってみても初めてかもしれない。
「それじゃあ」
「さ、最後に! 俺が黙っていれば良いのか? それで橘さんは幸せなの?」
今だ、今しかない。あの坂道で出来なかった自分を上書きするチャンスがきた。すがる問いかけに対し、振り返り微笑む。
「そんなのユウトくんには関係ないよ。彼に暴露するよりも、お願い、もう忘れて。その方がきっとお互いの為になるよ」
決めてきた通り、最後まで嘘はつかなかった。するとユウトくんはわたしより先にこの場から立ち去っていった。バトンみたく押し花を持ったまま。
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