第七章 ほんとうの幸せ

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≪いや……あの……それは、そうでしょう?≫    私は正直にそう答えた。彼女の立場を考えて躊躇ったのだ。 ≪こんな急な雨ですから、誰も笑ったりしませんよ、きっと≫  結局、私は蓮美と一緒に傘を差し、姫川コーポレーションの社屋まで歩いたのだ。  絹糸のような柔らかな髪。大きく澄んだ瞳。少女はときどき私と眼を合わせながら、ニッコリと笑った。あのときは、まるで天使に出会ったようだと後に思った。 「蓮美さん……貴女はなんて罪深いひとなのだろう」  ただ、仕事だけに夢中になっていた自分を一瞬で虜にしてしまったのだから。 「結婚していても……実感がない。たぶん私がずっと後ろめたく感じているのと同じで、彼女も私を憐れんでくれているのだろう」  ずっと堂々巡りな自分がたまらなく情けない。私はあの日のことを未だに思いながらネクタイをリビングのテーブルの上に投げ、タキシードやカマーバンドを脱いではソファーに無造作に置いた。 「シャワーでも浴びて寝るとするか」  そう呟き、バスルームへと消えた。やがてカランから注がれるシャワーの音のせいで、タキシードのポケットに入ったスマートフォンが、呼び出し音とバイブレーターで激しく揺れたことに私は気付くことはなかった。
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