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この娘あるところに母あり
「えっとだね……フレイア?もう一度言ってもらってもいいかな?お父さん、ちょっと疲れてボーッとしていたのかもしれないんだ。
ははは……はぁ。ダメだね。いつもフレイアがヤンチャだからって、フレイアが『家出する!』と言ってきたーーそんな幻聴まで聞こえるようになってしまうなんてね。」
「いえ、ちゃんと聞き取れていますわ。お父さま!わたくし、フレイア・ウォクリーは人生で初めての家出をしようと思っていますの!
あっ、もちろんですけど……護衛や付き人たちは不要ですわ。そもそもわたくし自身、自分で身を守る術を心得てますので、その点についてもご安心くださいまし。お父さま。」
ーー屋敷の応接間にて。わたくし、フレイア・ウォクリーは実の父であり侯爵の肩書を持つ男メイガス・ウォクリーを前にして、特に臆することはなくそう言伝を行いました。
しかし、どうしたのでしょうか?わたくしのその話に、お父さまは一瞬空を仰ぐような仕草をしたのち、先程のような……思わず体調を気遣ってしまうようなことをお父さまは仰っております。
とは言え、お父さまがこう仰るのもある程度予想出来ていた為、そこまで深刻には受け止めていませんが……どうせなら、娘の初家出をお父さまにも了承していただきたく思いますわ。
「(ですが、どういたしましょうか……。お母さまはすぐにお話しすれば、『へ〜、面白そうでいいんじゃない?』と言ってくださるのは想像に難くないのですが、お父さまの場合はやはり……最後にはあの手段を使ってでも引き止めてくるのが、少々厄介な所ではありますわね……。)」
しかしながら、いざとなればお父さまの制止を振り切ってでも、わたくしはこの家から家出するつもりですが……。出来ることならば、お父さまにも許可をいただきたいと思いますわ。
「あ、あの……フレイア?家出って……それ本気で言ってるの……かな?いきなり娘からそんなこと言われても、お父さんもう何がなんだか……全くもって訳が分からないよ。」
「お言葉ですがお父さま!わたくしは至って大真面目に、家出したいと考えておりますわ!
そして、少しだけ遠くに遠出するつもりですので……あまり心配をさせてはいけないと思い、このようにお伝え馳せ参じた次第ですのよ?」
「えぇ……?無理やりにでも行くつもりなのに、わざわざ報告に来たって言うのかい?
いきなり家出するって言うから、反抗期か何かにでもなったのかと心配したけど……。実はいつものーーだけど、遠くへと旅行したいっていう、そういう理解であっているの……かな?」
「いえ……あくまでも、わたくしは家出したいと考えているだけで、遠くへとピクニックに行きたい訳ではないのですが……。
それに、わたくしがお父さまやお母さまに反抗するなど……有るわけありませんわ!」
ーーううん、困りました。お父さまには家出をする旨を伝えて、なんとか許可をいただこうと思っていたのですが……そもそもそれが、上手く伝わっていないようですわ。
ですが、本当に困りましたわ。このままだと、なんだかよく分からないまま、わたくしはこの家から遠出するだけになってしまいそうです……。
すると、わたくしがいつもより大きな声を出してしまったからでしょうか……?
応接間に向かってコツコツとーーおそらく、お母さまがこちらに向かって歩いてくるのが、ドア越しではありますが感じることが出来ました。
ーーコンコンコン……ガチャリ。
「ーー失礼するわ。ここにフレイアはいるかしら……って、いるからこっちに来た訳だけど。
それにしてもーーあら、アナタ?どうしてアナタがこんな所にいるの?お仕事はもう全部終わったからここにいるのかしら?」
「う、うん……ユウリ。ボクとしても、仕事は全部終わらせてからフレイアに会おうと思っていたんだけど、その……どうしても、フレイアのことが心配になっちゃってね……。
悪いとは思ったんだけど、部下に任せてここに来ちゃったっていうか、その……ご、ごめんね?」
「あら?ごめんで済むなら、なんとやらという言葉があるそうですけど……。フレイアをーー娘を心配するという気持ちは、その父親として評価することができますね。
それに部下に任せてしまったものはしょうがないですから、今日の所はアナタの対応を許してあげることにします。仕方ないですし、部下の方には後日、私の方からフォローを入れておきます。」
「あ、ありがとう!それと……いつもごめんね。
ギルドマスターの仕事も忙しいのに、ボクの仕事の方も手伝わせてしまって……。」
ーー予想通りのお母さまの登場。コンコンというノック音と共に姿を現したお母さまは、やはりわたくしに用があったのでしょう。
お母さまはその姿を現すや否や、わたくしの姿をその視界に捉え、ここに来た目的がわたくしに会う為である事を公言なされたのですが……。
相変わらず、お母さまはお父さまに対して、厳しめの対応と言いますか……厳しさの中に優しさアリといった感じですわね。
「(まあでも……ちゃんとお父さまを立てる所ではその顔を立てていますので、一概にお母さまがお父さまに厳しく当たっているとは思えませんが……。わたくしに対する態度とは、明確に区別しているのは明らかですので、少々お父さまが不憫に感じてしまいますわね。)」
ですが、お父さまもお父さまで……ちゃんとお仕事を終わらせてから、ここに来た訳ではなかったですの?てっきりわたくしは、お仕事をある程度終わらせてから、こちらにいらしているのかと考えておりましたのに……。
そういった点も、お母さまがお父さまに厳しく接する理由なのかもしれませんわ。
そして、お母さまに対してたじたじのお父さまを無視してーーお母さまはわたくしの方に向き直り、ニコッと微笑みかけます。
「それで……フレイア?お父さんが何か現実逃避して、色々と変なことを言ってあなたを困らせてたと思うけど……まだあなたの口からは直接聞いてなかったわ。ーーあなたがしたいことは何?」
「まずはお帰りなさませ、お母さま。いきなりのお願いで申し訳ありませんが……お許し下さい。
ーーわたくし遠出などではなく、ちゃんとした家出をしてみたいと思っていますの。その……自分が果たすべき役目を、これからも果たせるようにって、そんな風に思いまして……。」
実の母親と言いましても、この街の冒険者ギルドーーそのギルドマスターである所のお母さまは、その性格と普段の環境も相待って、ある程度大胆と言いますか……多少の無茶なお願いも了承してくれる、わたくしの普段からの行動に理解ある方だと、そのように思ってはおりますが……。
このようなーーおそらく長期間になると思われる家出に関しては、理解のあるお母さまであっても、どのような反応を示すのかは未知数であるとしか言いようがありませんわ。
すると、わたくしの話を聞いたお母さまは「ふんふん、成る程分かりました。」と言い、特に言い淀むようなことはなく……まるでお買い物を頼むかのような感覚で、おそらく金貨の詰まった袋をポンとわたくしに手渡し、その口を開きます。
「そうね。まあ面白そうだし、何より自分で決めたことなら……止める理由はないわ。あなたがしたいようにしなさい。フレイア。
でも……フレイア。これだけは分かってちょうだい。私もお父さんも、最終的にはあなたの考えを否定することはないけれど、それはあなたを心配する気持ちよりも、これからのあなたに期待する気持ちが勝っているから、こうして……あなたのことを送り出そうとそう思えるの。」
ーー先程のあっさりした返答からは、全く想像もつかないような、とても真っ直ぐで真剣な言葉。
いつもは特に、わたくしの言動を気にする様子はない、そのようなお母さまの真剣な言葉に、ずしりとした重みを自身の右手に握った硬貨の袋と共に、ずしりと重く感じられますわ。
ですが、お母さまのその期待。このようなーー何物にも変えがたいそれをいただいておいて、途端に怖気付いてしまうようでは……侯爵家の娘、ひいてはこんなにも娘想いなおふたりの子として、恥ずかしくて仕方がありませんわ!
そうして、わたくしはお父さま、お母さま、それぞれに自身の思いの丈をぶつけて……無事、おふたりの了承、そして自由な活動への多少の支援を得ることが叶いました。
勿論、わたくしのお願いですので、その支援までは大丈夫である旨を、直接お母さまに伝えのですがーー『この支援があなたを心配する私たちの気持ちです。』と言われてしまい、これ以上そのご好意を無下に扱うことなど、とてもではありませんがわたくしには出来ませんでしたわ。
ですがーーそんな親不孝なわたくしでも、必ずすると約束した、確かな親孝行がひとつだけありますの。それは……どんなに長く家を出ていても、必ずそこに帰ってくるということですわ。
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