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迷惑な令嬢
「こらぁ!また、うちの温泉をーーただのお湯にしやがって!アンタが侯爵令嬢でなければ……すぐにでも、警備兵に突き出してるところだぞ!」
「おほほ!ゴメンあそばせ!亭主さん。でも、これも必要な事ですので……ご容赦を。
それはそうと……朝ご飯の支度は大丈夫なのかしら?たしか、小さなお子さまたちが2人いらしたのではなかったかしら?であれば……早く帰路に着いた方が良いのでは?」
「こ、この!アンタがーーフレイアさまがこんな悪質な事をしなければ、俺だってこんな風に朝から朝食の支度もせず、追いかけっこなんてしてないって言うのに……。
お、覚えとけよ!次見つけたら絶対警備兵にしょっ引いてやるからなぁ!絶対だからな!」
「ふふふ。お手柔らかにお願い致しますわ。
まあ……わたくし、衛兵に捕まるようなヘマは侵さないとは思いますが。では、失礼しますわ。」
ーー早朝の温泉街。まだ日が昇って間もない、まだ多くの人が床から出て来られず、ベットの上でうだうだとしているような……早朝の出来事。
そして、そんな朝早くには似合わない、ある意味物騒な会話が、その温泉街を走り回る1組の男女からなされていた。(ただし、男は鬼のような形相で逃げる女を追いかけているという……色気もへったくれもない状況ではあるが。)
しかし、先程の会話の通りーー逃げる女、侯爵令嬢フレイアは彼女が持つ能力によって特殊な効能のある温泉をただのお湯に変えており……普通であれば非難すべき、男が女を追いかけるこの異常な状況を、追いかける男の方が悪いと、そう言い切る事は出来ないのが現実であった。
とは言え、フレイアの言う通り……男の家には、まだ食事を食べていない、もうすぐ起きてくるであろう子供たちが待っているのは事実であり、男は捨て台詞を吐いてその場から引き返すのだがーー実はこういったドタバタした出来事は、この街ではあまり珍しい事などではなかった。
ーー遡ること5年前。5年前にフレイアが最愛の姉であるリオンを病気で亡くしてから、このような……温泉のお湯や広場近くにある泉、はたまた地下水を汲み上げる為の井戸水を、何の効果もないただの水やお湯に変えてしまうという悪事を働くようになったのだ。
それも、使い続けるとありがたい加護がつくと言われているーー教会が管理する水を中心に。
そのため、初めはお姉さんを亡くして気が動転してしまっているのだと、少しだけ同情的だった市民でさえも、あまりのフレイアがする浄化という名のイタズラの数々に、いつしか彼女の事を『悪魔に取り憑かれた御令嬢』や『悪魔のする役目を押し付けられた令嬢』などと呼ぶ声が増えていき、すっかり今では『悪役令嬢のフレイア』と呼ばれるようになってしまった。
しかも、彼女自身そう呼ばれることを苦にするような素振りは見せず、むしろ嬉々としてイタズラの数々を行っているような……そんな不思議で迷惑な御令嬢なのであった。
そして、やるせない怒りを言葉にしながら、どすどすと自身の家に帰って行く男を横目に、それを見送るフレイアはひとり呟く。
「ふぅ。とりあえずのひと仕事を終えた訳ですけど……やはり、この街の水は酷く不浄なモノによって汚れてしまっていますわ。
先週見たときもそうでしたけれど……今日のお湯は特に汚れているように見えましたわね。」
ーー最近になって特に思うようになったのは、普段よりも、この街の水が汚染されているという事ですわ……。
それもこの2、3週間で特に水質が悪くなってきているように感じました。事実として、教会を中心とした水源の近くになるとより一層に。
とは言え、いくら侯爵の娘であろうと、教会のすぐ側……よく言えば、教会直属で管理されている水源を浄化などすれば、その立場にかかわらず死罪にされてしまうでしょう。
ーーだからこそ、身近でお咎めが少ないであろう庶民の水場から、わたくしは積極的に浄化して回っている訳なのですが……。
「(最近の大人たちの様子を見ると……流石に、これまでのような無茶は自重した方が良いのかもしれませんわね。アフターケアとして、その家にポーションを置いて回っていますが……それも、どうやら教会側に回収されているようですし。
ふぅ……。このままでは先程の亭主の言う通りお縄になりかねませんし、わたくしは一体どうすればよろしいのでしょうね?)」
そうして、フレイアはブツブツと今後について思案しながら、大通りを抜けて自身の屋敷に戻っていくが……その時彼女は知らなかった。
この街に訪れる危機的状況、そしてーー自身を中心に巻き起こる、今後の人生を左右する大きな決断を下す事になるなんて……。
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