イノセントな涙

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 警察官は少年のことをただの事故として解決済(ケースクローズド)にしようとしていた。報告書を書くために少女の証言を纏める。「あの子、彼が金賞だったから悔しがっている」の証言一つで疑ったのは悪いことをしたかなと考えながらボイスレコーダーで録音した少女の証言を聞いていた。 「あたしの前を歩いてて…… そうしたら、いきなり前向きに転んでそのまま 『ずさー』って落ちて…… 大丈夫かなって、近づいたら…… 血がいっぱい出て…… わけわかんなくなって…… 校長先生が来て……」 ああ、あの子は目の前で人が階段の角に何度も打ち付けられて死ぬところを見てしまったのか。可哀想に。警察官は何の気も無しに少年の解剖記録を眺めていた。 〈死因、頭蓋後頭部の陥没。頭蓋前頭部にヒビあり、鼻骨粉砕と前歯の損失、下顎の骨にも粉砕に近い傷あり、階段の段差の角を連続で打ち付けたものと推察〉 うわ、こんな死に方だけはしたくねぇな。警察官がそう考えた時、激しい違和感を覚えた。 そうしたら、いきなり前向きに転んでそのまま 『ずさー』って落ちて…… 本当にこの証言通りに落ちたのなら、解剖記録に記載されているのは「頭蓋前頭部にヒビあり、鼻骨粉砕と前歯の損失、下顎の骨にも粉砕に近い傷あり、階段の段差の角を連続で打ち付けたものと推察」のみとなり、死因は頭蓋前頭部の陥没になるはずだ。ところが死因は「頭蓋後頭部の陥没」どうやって後頭部を打ち付けたと言うんだ…… 警察官は腕組みをして頭を捻った。そして眺めるは目を覆いたくなる前途ある少年の死体が写った現場写真、その脇には真っ二つに割れた楯が転がっていた。 この楯は習字コンクールの楯、当然、鑑識もこの楯は十分に調べている。黒檀調の板で重量は小学生が持つには厳しいもの。形は縦の長方形で辺の角度も90度で鋭い。 こんなもので頭を殴られたら頭蓋骨陥没は必至だろう。しかし、この真っ二つに割れた楯から血液反応は出ていない。落ちた勢いでこれが後頭部に当たったとは考えにくい。 無関係なのか。警察官がこう考えた瞬間、天啓が下りてきた。 「あの子、彼が金賞だったから悔しがっている」 そうだ! あの少年が金賞の楯を持っていたということは、その後ろを歩いていたあの少女が同じ形をしていた銀賞の楯を持っていたとしてもおかしくない。しかも、来賓玄関前の硝子函(ガラスケェス)に持っていく途中だったということを考えると間違いなくあの少女は銀賞の楯を持っていたということになると警察官は考えた。
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