イノセントな涙

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二人は楯を小脇に抱えて来賓玄関前に向かって歩いていた。この楯、高級テーブルを思わせる黒檀調の板を使っているのか重量感のあるものだった。少女が小脇に抱えるには辛いもので廊下を歩いている途中で両手で抱える持ち方に変えた。 二人は階段を降りていた。この二人、仲が良いわけではないので並んで歩くことはない。 少年が前を歩き、少女が後ろを歩く形となっていた。 すると、楯を抱えているために両手が塞がっている少女はバランスを崩して足を踏み外し、前を歩いていた少年に衝突してしまった。少女はその場で尻もちをついたものの、階段の面だったために無傷であった。少年はそのまま階段から落ち角に額を打ち付け、最後に踊り場に全身を打ち付けてうつ伏せで倒れる。 少女は慌てて少年の元に駆け寄った。 「大丈夫?」 少年はぐったりとしていた。階段の角で鼻を打ったのか鼻血が蛇口を全開に回したように溢れ出る。 当然、返事はない。ただ「すー すー」と口から息を吸う音がすることから生きているのはわかる。 早く保険の先生、いや、大人を呼ばないと。少女が一番近くにある教室に向かおうとした時、少年が手放した金賞の楯が真っ二つに割れていることに気がついた。 その瞬間、少女に悪魔が舞い降り耳元で囁きかける「このままこいつが死ねばナンバーワンだ」と。それに現状ではこいつが意識を取り戻せば「押された」と言うことは間違いない。バランスが崩れた事故とは言え「押した」ことに間違いはない。これはマズい。そうだ、あたしの足が縺れた先にいたこいつが悪いんだ。少女は小さな罪を大きな罪で覆い隠すに考えが至った。 少女は自らの楯を少年の後頭部に振り下ろす。今まで聞いたこともないような鈍い音がした。 少年の口から「すー すー」と言う音も聞こえなくなった。その刹那、硝子函(ガラスケェス)の鍵を持った校長先生が二人を追いかけてきた。校長先生は階段の上で二人を見つけ慌てて駆け寄る。 「君たち! どうしたね!」 ここからだ。少女の一世一代の大芝居が始まる。大丈夫だ、あたしには最強の武器がある。と、自分に言い聞かせた後、そっと俯き、涙を浮かべながら校長先生にしがみついた。 「えぐっ…… いきなり…… 足を踏み外して…… あたし…… 何も出来ずに…… わけわかんないうちに…… 滑り落ちて…… ぐすっ……」 「わ、分かったから! 落ち着きなさい! とにかく早く救急車を!」
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