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「おはようございます」  翌朝、俺がガウンを羽織って、テラスでコーヒーを啜っていると、隆人がスラックスとシャツというわりとラフなスタイルで、顔を覗かせた。片手に木刀を握っているところを見ると、素振りでもしに来たのか。 「おはようございます。早いですね」  賓客なので、一応敬語を使っておく。 「小蓮さんこそ、早いですね」  隆人がチラリとテーブルの上に拡げた書類に視線を投げた。崔の残した『仕事』の資料だ。 「目を通しておきたい書類があってな」 「小蓮(シャオレン)さんも、仕事を持っておられるんですか?」 「まぁ、それなりに....」  隆人の意外そうな口振りに俺は一瞬、むっとしたが、笑顔で返事をしてやった。 「小蓮(シャオレン)は、アジアの人道支援のプロジェクト-リーダーだ」  背後からミハイルの顔が覗く。服装を見ると、地下のトレーニングルームで一汗流すつもりらしい。 「人道支援......ですか」  隆人がやや怪訝そうな顔をする。不似合いに見えるんだろうが、崔の置き土産だ。きっちり努め上げなければ、アイツに笑われる。 「途上国の、国の政策の行き届かない地域に教育や医療を提供している。人材の育成もな」 「意外ですね」  ミハイルの言葉に隆人ははっきりと口にした。 「あなた方がアジアの国々やボランティアに関心をお持ちとは.....」 「日本でも文化振興事業に力を入れている会社もあるだろう」 「えぇ、社会貢献は大事ですから......でもロシアのコングロマリットがアジアになぜ?」 「小蓮(シャオレン)の縁の人物の、いわば遺言でね。小蓮(シャオレン)は、アジアの人間だしな」 「そう.....ですか」  隆人はまだ何か釈然としないようだが、ミハイルの一言に口をつぐんだ。  「私の小蓮(シャオレン)は実務能力も評価に値するものを持っているのでね.....小蓮(シャオレン)、着替えてきなさい。....隆人、遥は?まだ寝んでいるのか?」  ミハイルは俺が隆人の前に脛を曝しているのが、気にくわないらしい。思い切り眉をひそめるミハイルに、隆人も少々気まずかったようだ。 「遥は旅の疲れもあるらしくて、まだ目が覚めないようで.....」 「そうか」  短く言って、ミハイルは室内に立ち去る俺の背中に言葉を投げた。 「小蓮(シャオレン)、あと一時間したら、遥を起こしてあげなさい。朝食を済ませたら出かけるのだろう?」 「ああ。イリーシャにも九時にはスタンバイするように伝えてある」 「よかろう。隆人、少し振って見せてくれ」  ミハイルも日本の武道には興味があるらしい。俺も見たいのは山々だが、下手にごねてもミハイルに『お仕置き』の口実を与えるだけだ。  残念だが、俺は時間まで自室で資料の読み込みをすることにした。  二階に上がり、遥の部屋のドアを軽くノックする.....と、桜木が隣の部屋から顔を覗かせた。と途端に顔をしかめる。 「おはようございます、小蓮さま。何か.....」  相変わらず硬いヤツだ。だか心なしか目線が泳いでいるのは気のせいか? 「遥に伝言しにきたんだ。一時間したら迎えに来るから、起こしてやってくれ」 「俺なら起きてるよ」  部屋のドアが開き、遥が顔を覗かせる。と途端にぽっと頬を染めて、目を伏せる。 「どうした、熱でもあるのか?」 「違う.....。その.....ラウル、色っぽ過ぎる」  しどろもどろになる遥に俺は小さく苦笑した。 「よせよ、俺は男だぜ。ほら」  ガウンの袷をぺらっと捲ってみせる。もちろん下着ははいてる。 「ちゃんと付いてるだろ?」 「そうだけど......パンツ、小さっ!」 「そこかぁ!?」  俺の下着に目をやった遥が、一気に引いた。仕方ないだろ、ミハイルのヤツ、ビキニしか履かせてくれないんだから。しかも黒とかピンクとか赤とか....。俺のとっておきは、グレーのボクサーパンツで、『出撃』の時はそいつを履くけど。 「いっぺんに目が覚めたよ。いつも.....なの?」  遥がまじまじと俺の股間を凝視して言う。 「ミーシャの、あいつの趣味だ。......出掛ける時は履き替えるさ。それより、八時になったら朝飯だ。迎えに来るから用意しとけよ」  言って、ふんわりした茶色の猫っ毛の髪を撫でて自分の部屋に戻る。背中越しに、遥が、 『隆人で良かった....』 と呟くのは、まあ聞かなかったことにしよう。朝食の席で、加賀谷さまご一行がなにげに顔を赤らめて俯いていたのも、俺の気のせいだ、うん。  ラウンジでコーヒーを楽しんでいると、ニコライがつかつかと寄ってきた。 「会議室のご用意が整いました」 「そうか」  頷いてミハイルが立ち上がる。 「では、隆人、三十分後に打ち合わせを始めよう。パピィは遥と水遊びでもしていろ。但し、はしゃぎすぎるなよ」 「俺はガキでも犬でもねぇ。いい加減、それ止めろ!」  くすくす笑いの止まらない遥を促して、俺も席を立った。 「隆人、遥を借りるぜ」 「どうぞ、お手柔らかに」  隆人が軽く頭を下げて言った。 「大丈夫、無理はさせない。......そこの兄さんも付いてくるんだろ?」  桜木が、当然と言わんばかりに胸を張って頭を下げた。 「お供させていただきます」 「行こうぜ、遥!」    お楽しみは、これからだ。
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