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円形闘技場(コロセウム)は俄に活気づいていた。人でも魔族でも関係なく、血生臭い闘争は本能をヒートアップさせる。闘技場のボルテージは段々とではあるが段階を上げていく。  歓声が響き、剣劇が奏でられ、魔術による爆音が鳴る。そんな徐々に上がっていくテンションの最中。ついにはラグナの出番が訪れる。 「第一試合五試合目、ラグナ君対アモン君」  円形闘技場(コロセウム)の中央に向かい合うように二人は対峙する。 「この変態野郎。てめぇだけは絶対にゆるせねぇ!」  アモンは言った。変態という言葉に反駁をしたところで水掛け論にしかならないであろう。 ただの罵声だと思って無視を決め込む以外にない。 「ちっ。済ましやがって」 「それでは実技試験第一試合、ラグナ君対アモン君、試合を初めてください」 「いくぜおらぁ!」  アモンは拳を放った。しかもただの拳ではない。魔術式の展開が見える。拳に炎系の魔術を乗せている。 「灼熱地獄(ヘルフレイム)!」  そして拳を繰り出す。 「燃えろ! 変態野郎! こいつで消し炭だ!」  放たれた拳をラグナは平然と受け止めた。 「な、なにっ!?」 「良いパンチだ」  同じように魔術式を展開。相手の炎を一瞬にして鎮火する。鎮火さえすればただのテレフォンパンチ(大振りで隙だらけのパンチ)だ。 「なめんなっ!」  突き上げられたのは空いている左腕でのショートアッパーだった。それもラグナは難なく避ける。  些か距離を置く。 「ぐはぁっ!」  アモンは膝をついた。逃げ際に腹にカウンターの一撃を加えたのだ。 「どうした? 本気を出さないとそのまま終わるぞ」 「ちっ。人間風情が魔族である俺様を見下してんじゃねぇぞ!」  魔力の本流を感じる。 「来やがれ。魔槍グングニル!」  虚無の空間より出てきたのは魔槍グングニルだった。長く禍々しい槍は魔術的な礼装が加えられているのだろう。その武器自体に魔力を込められている。 「貫け、魔槍グングニル!」  槍による投擲。優れた武器は意思を宿す。仮に外したとしてもまた追跡して襲いかかってくる事だろう。その槍は。 「残念だったな。アモン。お前程度にはまだ剣を使う事すら許されないようだ。鞘から零れ出る魔力の奔流で十分だ」  魔剣カラドボルグの契約したラグナは元々あった魔術の才能に加え、暗黒魔術を使用する事ができる。それは台詞通り、鞘から零れ出る力の副産物に過ぎない。 「ガンド(呪いの魔弾)」  指を指し相手に命ずる。低級の黒魔術であるガンドではあるが魔剣カラドボルグによる魔力の大幅補助もあり、強力なエネルギー弾となりえた。  ガンド(呪いの魔弾)は魔槍グングニルを飲み込み、そして、アモンまで辿り着く。 「なに? ぐああああああああああああああああああああ!」  断末魔のような悲鳴をあげてアモンは果てた。 「安心しろ。手加減はしてある。死にはしない」  しばらくの間、人間に魔族、しかも貴族階級の嫡子が負けた事に対して、騒然としていた様子だった。 「こほん」  実況のアナウンサーをしている女子は咳払いで気を取り直した。 「勝者はラグナ君。それでは第一戦第6試合に移ります」  実技試験は滞りなく進んでいく。  当然のようにラグナは勝ち進んだ。そしてトーナメントの最終戦に進む事になる。 「はい。それでは実技試験トーナメント最終戦、決勝戦を行います」  実況役をしている女子はマイク越しにそうアナウンスする。 「実技試験トーナメント決勝戦、選手の入場です。はい、それではラグナ君とリリスさんはステージに昇ってください」  ラグナ及びリリスが舞台(ステージ)に登場する。当然のように学院の制服を着ている。男子は勿論良い。ズボンだからだ。女子の場合はスカートである。もしかしたら下に見られて良いブルマーみたいなものを穿いているのかもしれないが。  視覚の衛生的にはあまりよろしいものではなかった。ともかく、実技試験の最終戦であり決勝戦となる試合が行われる事となる。 「まさか決勝戦であんたと当たる事になるなんてね。人間。いえ、変態人間」 「わざわざ言い直すな」 「変態痴漢人間」 「よりエスカレートしている」  ラグナは溜息を吐いた。 「まあいい。何でも。この実技試験は殺しちゃってもOKなんだから」  リリスの魔力の波動を感じる。溢れるばかりの魔力の奔流を感じた。 「はい。それでは実技試験トーナメント最終戦、決勝戦を行います」  カン!  ゴングとなる小鐘が打ち鳴らされた。 「いくわよ!」 「魔王の娘の力、見せて貰うとしよう」 「くっ。偉そうに。人間風情が」  魔術を発動させる。発動させるのは炎の魔術だ。 「灼熱地獄(ヘルフレイム)!」  燃えさかる紅蓮の炎が襲いかかる。ラグナは何てことなくその攻撃を避ける。 「良い炎だ。暖炉にちょうどいい」 「うざっ! むかつくっ!」  直情的で感情的な正確なのだろう。 「凍れ!」  言葉から連想するのは容易かった。次に発動してくるのは氷系の魔術だろう。魔王の血を受け継れしその豊潤な魔力を利用した一撃。 「氷結地獄(コキュートス)!」  放たれた氷系の魔術は一瞬にして舞台(ステージ)を凍り付くた。その温度は絶対零度に近いものがあった。全ての分子の動きを止めかねない絶対零度の氷魔術。 「やったの?」  周囲は霜や煙が大量に発生し視界が著しく不良になる。 「い、いえ。まだのようね」  視覚は機能しなくても魔力の探知はできる。リリスはすぐに対象が生存している事に気づいた。しかもその魔力量は些かも減ってない様子だ。 「……無駄だ。本気でこい。リリス・アルカディア。まだお前『も』切り札を残しているんだろう?」  王族及び貴族は自前の伝説級武器(レジェンダリーウェポン)を所持しているのが通例である。リリスもまたそういった類の武具を持っている事が容易に推察できた。それと気配で何となくわかった。 「本気でこい。お前が本気でくれば俺も少しは本気を見せれるかもしれん」 「くっ。全てお見通しってわけね」  リリスは観念した様子だった。異界より取り出しは紅蓮の炎を纏いし紅色の魔剣だった。  気配だけでそれが名だたる名剣の類である事が理解できる。 「魔剣レーヴァテイン」  リリスは剣の銘(な)を呼ぶ。 「そうか。それがお前の切り札というわけか」 「そうよ。この魔剣の力、見せてあげる。お代はあなたの命って事で」  リリスは魔剣を構える。小技はなしだ。初撃から決めにかかる事だろう。 「食らえ! ドラゴンフレア(火炎竜撃砲)」  魔剣レーヴァテインより放たれし紅蓮の炎は竜の姿を作り出す。そしてラグナに猛烈な温度と勢いを持って襲いかかってきた。 「死ね! 人間!」  衝突すると同時に、天まで届くかと思われる程の巨大な火柱があがった。 「こ、今度こそ。やったはず」  リリスは勝利を確信した。ーーだが。 「なっ!?」  灼熱の炎は一瞬にして消え去る。 「褒めてやる。リリス。なかなかに良い一撃だったぞ」  ラグナは剣(つるぎ)を構えていた。漆黒にして不気味な剣、それは魔剣カラドボルグだった。魔剣カラドボルグには魔力による攻撃の吸収スキルがある。しかも全属性吸収だ。レーヴァテインによる炎の攻撃は何事もなく、魔剣カラドボルグに吸われたわけだ。 「何せ、俺にこの剣(つるぎ)を抜かせたのだからな」  リリスは魔剣レーヴァテインの必殺技発動に魔力と気力を使った。大技の後に隙があるのは必然だった。 「くっ!」  構える暇もなかった。喉元に剣を突きつけられる。 「まだやるか?」 「こ、降参よ」 「あ、あの人間、リリス様に勝ちやがった」 「マ、マジかよ」  観客(ギャラリー)がざわめき立つ。それほどまでにリリスの敗北が予想外だったのだろう。「えーと、こほん」  実況役の女子生徒が咳払いする。 「そういうわけでして、優勝はラグナ君になります。おめでとうございます。それではこの適正試験を踏まえた上で魔王学院での学生生活を充実したものにしてください。成績や評価については後日通達がされます」  そう今回の実技試験を締めくくった。  その日の夕方。リリスは自室でシャワーを浴びていた。  当然頭の中にあるのは今日の実技試験での敗北だった。あの人間の男の顔が頭に浮かんでくる。 「……まさか、あたしが負けるなんて。それに人間なんかに」  絶対にして偉大な父である魔王サタン以外に脳のメモリーを占有した男など他にいない。  心臓が高鳴っている。この心臓の高鳴りは何なのか。ドキドキとした鼓動が止まらない。 「ま、まさか。あ、あたしがあんな人間の、人間の男なんかに」  頭では否定したかった。だが、この心臓の高鳴りとどちらを信じればいいのか。  リリスはシャワーを浴びている間、悩み続けていた。  ジリジリジリジリジリジリ。 (うるさい)  目覚まし時計の音がする。なんだというのだ。今日は日曜日だというのに。  半覚醒の意識の中、なぜ自分が前日に目覚まし時計をセットしていたのか、その理由を完全に忘れていた。 「起きろ! 起きないか! ラグナ君」 「……え?」  男の顔が見える。ベッドの上に覆い被さるようにライネスの顔が見えた。 「……なんだ。お前やっぱりそっちの気があったのか?」 「朝っぱらからとんでもなく失礼な事言うね。僕はよく間違われるけどそっちの気はないんだよ。僕は普通(ノーマル)なんだよ。同性愛者じゃないんだよ」 「だったらなんで、俺のベッドの上に」 「忘れたのかい? 今日はリリス姫とのデートの約束がある日じゃないか」 「……ああ。そうなんだ。そういえばそうだった。完全に忘れていた」 「全く君は。魔界に100億はいるであろうリリス姫のファンに殺されかねない事を平然と」  ライネスは深く溜息を吐いた。  魔族がどれだけいるかはライネスは知らなかった。しかし理事長から魔族は繁殖能力は低いといっていた事からそんなに大勢いるとは思えないが。  ただの過剰表現だろう。気にする必要はなかった。 「つっても俺はまともな服を持っていないぞ」  学院から至急された制服。魔族の両親のお下がり程度しか服がない。今時の若者が着るようなカジュアルな服をラグナは持っていなかった。 「そうだろうと思っていたよ。僕の服を君に貸すよ。背丈も君とあまり変わらないから特に問題はないと思うよ」 「ありがたい。貸してくれ」 「君に貸しを作っておくと後々大きく返ってきそうだからね。喜んで貸すよ」  何でも良い。とにかく、着替える。 「とにかく着替えるんだ。デートに遅刻は厳禁だからね」  着替えた。鏡で確認をするが確かに身体にフィットしていた。 「じゃあ、行ってくる。ありがとうな」  ラグナはそう言って部屋を出た。 「健闘を祈ってるよ」  ライネスは言った。  健闘……そんな闘いでもあるまいに。いやまあ、年頃の男女にとって色恋というのは戦争のようなものなのか。  学院の門まで行く。そこに既にリリスはいた。周囲を気にしつつ、時間経過を今か今かと待っていたようだ。キャミソールのような上着とミニスカートの組み合わせは前と変わりはなかった。 「ごめん。待ったか?」  ラグナは言う。 「う、ううん。い、今来たところだから」  嘘だろう。何となくしばらく前から来ていた雰囲気がある。随分と待ったんだろう。 「本当か?」 「え?」 「本当の事を言ってみろ。どれくらい前からここに来ていた?」 「そ、それは、その。2時間くらい前から」  ラグナがまだ眠っていた時から既に居たようだった。 「なんでそんなに早くから来たんだ?」 「そ、それは。眠れなくて」  遠足を楽しみのばかり興奮して寝付けなかった子供のようだった。 「それに待ちきれなくて」 「……そうか。まあいい。それよりこれからどこに行くんだ?」 「都心の方にテーマパークがあるからそこに行こうと思っていて」 「テーマパーク?」 「うん。遊園地みたいな」  そう、リリスは言った。  文明が発展すると衣食住に費やす時間が減る。その結果娯楽に費やす時間が増える。余暇時間が増えるからだ。その為にそういった娯楽施設も発展しているのだろう。  当然のようにラグナはそのような経験がない。 「いや?」 「俺もそういったところに行ってみた事はない。だから興味がないわけではない」 「そう。良かった」  リリスは喜ぶ。 「行こ」  リリスはラグナの腕を取った。その時、二人は二人の様子を物影から見ている一人の人物にまだ気づいていなかった。  サタンパーク、と名付けられたテーマパークだった。そこは。ネーミングセンスが最悪であると感じた。時折見える銅像。恐らくはこの銅像の人物がリリスの父親なのだろう。  魔王に対する忠誠心は評価できるかもしれないが、センスが良くはない。  入場料を払い、施設の中に入る。  大体5000M程度の料金で施設に入れば乗り物など各種の施設を利用し放題らしい。娯楽施設であるが、要するにこの施設も公営の施設であり、税金による補助を受けているようだ。その結果があの趣味の悪い銅像なのだとしても我慢しなければならないだろう。  その分割安でサービスを受けられるのなら。だが、元々の金の出所は市民の血税である。  やはり納得できるものではなかった。銅像の事はどうでもいい。捨て置こう。  中に入ると様々な乗り物だったり、アトラクションがあった。  俗に言うジェットコースターという乗り物。観覧車と呼ばれる乗り物もあった。  どれに乗るか悩みそうなものだった。  主体性のないラグナはリリスに任せて乗り物を楽しんだ。    しばらく後の事だった。このテーマパークには流水施設もあるらしい。水着を身につけ楽しむプール型の施設だった。  男女は更衣室で水着に着替える。水着がない場合は当然のように購入する事もできた。  男の着替えよりも当然のように女の方が着替えに時間がかかるものだった。男のラグナは先に更衣室を出てきた。リリスが着替えるのを待つ。特にやることもなく、ビーチソファーに寝転び、日光浴をしていた。人工物の浜辺とはいえ、波のせせらぎは心地良いものであった。 「お、お待たせ」  水着に着替えたリリスが姿を現す。白色のビキニを着ていた。 「どう? 似合ってる?」  リリスは不安そうに聞いてきた。 「お前に似合わない水着なんてそうそうないだろ」  リリスは絶世の美少女である。何を着ても映える。そういう逸材だ。  周囲の男性の視線を、そして女性からの嫉妬と羨望を一身に受けていた。  そしてもうひとつだった。  遠方のビーチパラソルの下、水着。学校指定の紺色のスクール水着を着た少女がいた。 「お、お姉様。色欲に狂った雌豚のような顔をなさっていますわ」  少女はそういった。幼いながらも気品を感じるような少女だった。変装の為か、今は不似合いにもサングラスをつけている。 「あの男、人間のくせにどうやってお姉様をたぶらかしたのかしら」  少女は続ける。 「魅了(チャーム)の魔術? 何か弱みでも握られている? 何でもいいですわ。そう、私のお姉様をあの男は奪おうとしている! それだけが大問題ですの!」  少女の名はリリムという。リリスと似た名前であり、容姿としても若干似ている部分があるが、二人は姉妹である。  より正確に言えば二人は異母姉妹である。エウリュアレの娘がリリスであり、ステンノの娘がリリムだ。年齢は一歳違い。  エウリュアレとステンノも姉妹である事から、姉妹の娘同士で、同じサタンと父に持つ姉妹という関係性だった。  この妹リリムにはひとつだけ問題があった。  異様な程のシスターコンプレックス持ち主という事だった。  楽しい時間というものはあっという間に過ぎる。日が暮れる。夕暮れ時になる。楽しい一日ももうすぐ終わりだ。 「な、なぁ」 「なに?」  別れ際の事だった。二人はサタンパークを外に出た。  何を言えばいいのか。ラグナは考えあぐねていた。 「どうして今日、俺を誘った?」  愚問だった。そんな事は決まっていた。 「言わなきゃわからない?」 「けどな。いいのか。俺は人間だぞ。お前は魔族、ましてや魔王の娘。魔界の姫君だ」  ラグナがどれだけ人間界で悲惨な想いをしてきて、そしてそれにより人間を憎んできたとしても。それが世間一般で人間をやめた事にはならない。客観的な種族としては人間だ。その身に流れる血のは人間の血が流れている。  それは否定もできないし、変えようもない事実だ。 「人間である事が障害にならないとは思わない。けど、あなたは強い、私を倒した男ですもの。お父様以外に初めて胸がときめいた男。ねぇ、手貸して」 「ああ」  ラグナは手を取られる。そしてリリスの胸に手を当てられた。柔らかい感触が手に走る。 「あなたといるとずっと心臓がドキドキして止まらないの」  リリスは顔を真っ赤にして言った。リリスは目を閉じた。艶めかしい唇が映る。唇が迫ってくる。そして、その唇が接触するか最中だった。 「お・ね・え・さ・まー!」  我慢できないとばかりに声が割り込んできた。 「お姉様! い、いけませんわ! そんな人間の男に誑かされては!」 「リリム!」  突如現れた少女に、リリスはそう言った。 「知り合いか?」 「う、うん。知り合いっていうか。私の妹。もっと正確に言うとお父さんは同じだけどお母さんが違うの」 「ああ。そうか。異母姉妹か」  魔王はヒエラルキーのトップに君臨する。その為正室以外にも側室などがいる場合が多い。人間社会でも同じだ。だから別に異母姉妹がいたとしても不思議ではなかった。驚くに値しない。 「そう。妹なの。ちょっと変わった妹だけど」 「そこの人間! どういう手品を使ってお姉様を籠絡したかは知りませんが、このリリムが現れたからにはこれ以上の破廉恥な行いは許しませんわ!」  リリムは言う。 「私の敬愛する、何よりも愛しているお姉様を奪うなど、言語道断ですわ! お姉様の寵愛は私(わたくし)だけのものですわ! 何人足りとも渡すつもりはありません!」  ラグナは何となく察した。  シスターコンプレックス。要するにシスコンなんだ。この妹は。しかも異様な程。 「俺をどうするつもりだ?」 「決まってますわ! わたくしのお姉様を奪おうという不届き者には死を与えます」 「ちょ、ちょっとリリム、やめなさい」 「敬愛なるお姉様のお願いといえどもそれは無理な相談です。そこの男が死ねばお姉様の愛がわたくしにだけ向くのです。どうして止める必要があるでしょうか」  リリムは言い切った。 「どうやらもはや会話が成立する相手ではないようだな」 「ふふっ。そうですわ。出でよ。我が忠実なる僕。サモン・ザ・カオスゲート」  リリムは召喚術式を展開する。召喚陣から出てきたのは三つの頭を持つ魔界の番犬、ケルベロスだ。 「さあ! いきなさい! ケルベロス! あの人間を八つ裂きにしなさい!」 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」  ケルベロスが叫びながらラグナに襲いかかる。 「来い。魔剣カラドボルグ!」  魔剣がラグナの手に収まる。 「死になさい! 人間!」 「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!」  ケルベロスがリリムの命令に従い襲いかかってくる。  魔剣カラドボルグによる一閃が走った。  時間が止まった、と思った。世界が制止する。  プシャアアアアアアアアアアアアアア!  という血の音がした。ケルベロスの三つの頭がはねられた。ケルベロスは存在を維持できずに消失する。 「まだやるか?」  ラグナは聞いた。 「…………い、いえ、降参ですわ」  しばらく呆然としていたリリムは長い間を置いて答える。 「そうか」  ラグナは魔剣を異界に召還する。魔剣は元の通り消失する。 「そこの人間……いえ、お兄様。お名前はなんとおっしゃりますの?」 「……ラグナだが」 「ラグナお兄様」  先ほどと随分反応が違う。手を握ってくる。目が輝いているようだった。 「お、お姉様と結婚する事自体は反対しません。で、ですがお願いがあります」 「お、お願い?」 「お姉様が正室で構いません。私は側室でいいんです。お姉様で欲求不満を解消できない時にたまに抱いてくれるだけで構いません! どうかわたくしにその子種をいただけないでしょうか?」  姉妹揃って変わり身が早すぎる。負けると180度態度が変わる。それは魔王の血を継ぐ本能なのか。より強い遺伝子を残したいという。あるいはそういう仕来りでもあるのか。 「ま、待て。話が性急すぎる」  こうして慌ただしいリリスとの一日が終わった。  明日からは学院の授業が始まる。慌ただしい学生生活が始まりそうだった。  理事長室での事だった。 「どういう事ですか!理事長!」 「はぁ……どういう事とは何の事でしょうか」  クレア理事長に苦言を呈した者がいた。  「今年の新入生総代が人間だという事です!」  理事長に苦言を呈した人物はセラフィム・ローズベルトという人物だった。彼女は三年生の首席であり、生徒会長でもある。栗色の髪をした美少女であり、学生としての実績のみならず、その美貌からも注目を集める人物である。 「それは彼がそれだけの成績を修めたのですから。それを人間であるという理由で反故にしたり、不当に低く評価するのは不公平(アンフェア)という者ではないでしょうか」  クレア理事長は言った。 「その者が修めた成績に対して文句があるのではありません。何をやっているのですか! 他の魔族は! 魔族が人間などに劣っているという事を案に知らしめているのではないですか! 恥ずかしくないのですか!」  セラフィムは言った。 「……はぁ……」 「何かおかしな事を私は言っているでしょうか?」 「いえ。あまり相手ーーつまりはくだんの人間の事を知らないのに他の新入生を責めるのは些か可哀想かと思います」 「それほどのものなのですか。その人間は」 「ええ。恐らくはあなたが思っているよりもずっと。実際に手合わせをしてみればいいんです。その機会がいずれは用意されています」 「用意?」 「新入生の歓迎戦」  クレア理事長はそう告げる。  新入生の歓迎戦。三年生の選抜チームと一年生の選抜チームで闘う対抗戦の事である。  この闘いは実技試験のような1on1のものではない。5on5のより実践的なチーム戦である。 当然のように実際の戦争で1対1で闘う機会は少ない。強い的に対して複数でかかる事など基本中の基本戦略でもあった。  この対抗戦の目的はひとつである。三年生が一年生に対して己の力を見せしめ、格の違いを知らしめる。その上で三年間の学生生活で足りないものを埋めていく課題を見つけさせる。さらには自分はまだまだなのだと現状を認識させ、慢心する事なく物事に取り組ませる事。  そういった意図の対抗戦である。つまりは最初から一年生の方は敗北する事が想定されたものであり、三年生からすれば勝って当たり前の戦いなのである。  実際、長い魔王学院の歴史の中で一年生が勝利した事は一度もない。三年生には三年間の上積みがある。しかし一年生はそれがゼロである。勝利できるはずもない。普通に考えればそうなる。 「その対抗戦で彼の力を目の当たりにして、それでも尚同じ台詞が言えるのでしたら聞く耳も持ちましょう」 「それは楽しみですね」  セラフィムは笑った。 「対抗戦は今より一ヶ月後の五月に行われます。その時まで三年生の威厳を見せれるように腕を磨いておく事です」  学校生活が始まった。学校生活。まず始まったのは長い時間机に拘束される座学だった。 「……ふぁぁ」  授業が終わると同時にラグナは欠伸をした。 「緊張感ないな。君は」  ライネスは言った。ルームメイトという事もあり、学院内では比較的交友関係があり、ラグナの会話の相手は大抵ライネスという事になる。 「退屈だ。眠い」 「君は座学が嫌いなのかい?」 「そんな事をしても強くはならんだろう」 「そういう事でもないよ。戦争は一体一でやるわけではないからね。さっきの授業だって戦争の基本を教えていたんだよ」  戦争。集団による闘争。  司令塔となるリーダー。それを守る守護役。ディフェンダー。さらには後衛の魔術師(大抵の場合遠距離攻撃が得意であり、接近戦は苦手、呪文の詠唱など攻撃の発動まで時間がかかる場合もある)そして前衛にアタッカー。攻撃役。良く居る戦士などだ。  これらを如何に効率よく動かしていくか。それが戦況を左右する重要な要素となる。 「この魔王学院は魔王軍に入るための士官学校だ。僕たちは司令塔となるリーダーに最終的にはなる。軍を動かす人間が馬鹿ではどうしようもないだろう」 「それは確かにそうだ。だが、眠くなる」 「それはごもっともだ。春眠暁を覚えず。春は眠くなる季節だ。それに五月病もあるしね」  ライネスは色々と言っていた。春は眠くなる。五月はやる気がなくなる。そういう時節だ。 今日の座学の終了した後、HRという事で担任の先生(魔族の女だ。生徒と見間違うくらいに若い、魔族だから年齢を感じないのか)が連絡事項を伝えた。 「これより一ヶ月後に三年生との交流試合が行われます」  交流試合? 「交流試合は5対5で行われ、より実践形式の戦いになります。この出場選手は選抜された5人によるものです。三年生の場合は生徒会長がメンバーを選定しますが一年生の場合は首席入学者をリーダーとしてその他のメンバーを選定します」 「……ん? 首席入学者?」 「君のことだよ。ラグナ君」 「そうだったか。すっかり忘れてた」 「忘れない方がいい事も世の中にはあると思うよ僕は」 「しかし面倒だな。俺がそのメンバーを選定しなければならないのか」 「この戦いはあくまでも交流試合です。三年生は皆さんより多くの経験を経て学んでおります。ですので胸を借りるつもりで戦い、そして多くのものを学んでください。私としましては以上です」  そう、担任の女教師確か名をミリアと言ったかは締めくくった。 「首席入学のラグナ君は一ヶ月後までにメンバーを決めておいてください。練習などをする必要性があるので早めに決めた方がいいでしょう。とはいえ、あまり新入生の事を深く知る時間もないのが問題ですが」  そうなのである。新入生の実力を知る時間も残されていない。そういった面でも不利であり、最初から勝たせるつもりなどないのだ。この交流戦というのは。ただの上級生の下級生に対する見せしめの為のものだろう。 「だそうだよ。ラグナ君」 「俺以外に四人か。だったらまずお前だ、ライネス」 「……適当だね」 「適当なものか。俺は知っているんだ。お前が準決勝でリリスに当たるまで勝ち進んできた事。後、お前わざと負けただろう。リリスに勝つと面倒そうだから」  実技試験トーナメントを見ていた時、ラグナは見抜いていた。 「つまり実力から言えば、お前が入る。それからリリスか。後は2人か」 「……へっ。誰か重要な人物を忘れてるんじゃねぇか」  アモンが現れた。一回戦でラグナに負けた魔界の貴族、その嫡男であるアモンだ。 「誰だったかお前は」 「アモンだ。アモン!一回戦で闘っただろうが!」 「ああ。そうだったな。今のは冗談だ。辛うじて覚えている」 「辛うじてかよ! 辛うじて! しっかり覚えておけ!」  「まあいい。どうやら5人集めないとならないみたいだ。出場してくれるなら助かる」 「ああ」  どのみち、他の新入生の事もあまり知らないのだ。アモンでも構わない。 「後、一人か。誰でも良いんだが」 「基本的に皆前衛的なタイプだよね」  ライネスは言った。 「そうだな」 「バランスが良くない。魔術師(スペルキャスター)的役割を一人は加えておこう。多分、僕がロイヤルガード(リーダーの補佐役)をやるよ。リーダーはラグナ君で」 「そうだな。誰か知り合いにいるか? 魔術師(スペルキャスター)できそうな奴」 「さあ、僕もあまり詳しくないんだ」 「リリスも協力させて探させよう」  ラグナは学内の掲示板にチラシを張った。部活の部員の勧誘などに使うツールだ。 「求む。一年生。交流試合メンバー。役職魔術師(スペルキャスター)。魔法に自身のある君。今なら魔界の姫君リリスとのデート一回の権利つき」 「あのさー。ラグナ」 「ん?」  チラシを張っている時、後ろから声がかかった。リリスだ。 「なにかなー? このあたしとのデート一回の権利つきって」 「餌があった方が食いつくかと思って」 「せめてさ。あたしの許可とかいらない? 何を黙って」 「別にいいだろ。デートくらい」 「な、なによそれ! あたしのデート安く見すぎ!」 「減るもんでもない」 「減るわよ時間が。まあいい。っていうかあたしとのデート女の子相手に意味ないでしょう」 「そうだな。選択式にしよう。女の場合、ライネスとのデートも選べる」 「自分の手は汚さないんだ」  リリスは呆れたように言う。  しかし。一週間が経過しても応募はこなかった。 「ふむ。どうしたものか。やはり餌が弱かったか」 「し、失礼! あたしに!」  リリスは言う。 「交流戦のメンバーになるっていうのは重責だからね。まあ、敬遠したくなるのはわかるよ」  負けると決まっている戦いに望んで挑みたくはない。誰もが恥をかきたくないものである。 それは昼食の事だった。  校庭で一人食事をしている少女がいた。エンブレムの色で学年がわかった。一年生は赤、二年生が緑、三年生が青のエンブレムをつけている。  赤のエンブレムを着ている事から一年生だと知れた。美しい顔立ちをしているが眼鏡をかけている事から印象としては控えめになっている。  食事中の彼女に小鳥が飛び立ってきた。餌を欲しがっているのだろうか。彼女は小鳥に触れようとする。だが、静電気のようなものが発生する。小鳥はそれを嫌がり、再び天高く待っていった。 「あっ」  彼女は残念そうにその様子を見ていた。彼女として別に小鳥に危害を加えたかったわけではない。ただその溢れるばかりの魔力の奔流を制御できていなかった。   だから無自覚に電流の放流現象が起きたのである。 「あの女子生徒の事は知っているか?」  ライネスに聞いた。 「僕は百科事典かい? まあ知ってるよ。有名だからね。カレン・ローズベルト。生徒会長セラフィム・ローズベルトの妹さんだよ」  そう、ライネスは言った。 「ふーん。そうか」  生徒会長の妹か。魔力の素質は高いものはあるが、人間関係的に助力を求めるのは厳しそうか。姉と敵対したいと思う妹などそうはいまい。それに彼女はあまり戦闘が好きそうにない。 「残念だけど他を当たるとするか」  だが、この後自体は思わぬ方向に進んでいく事になる。 「そうですか。交流戦に一人不足したまま、というわけですか」  理事長室でクレアはその報告を聞いた。 「クレア理事長。私の妹であるカレンを推薦します」 「はあ。それはなぜです?」 「魔術師(キャスター)が必要なのでしょう? それならカレンが適任だと考えています」 「そうですね。それはその通りです」 「それにあの子は戦闘に性格が向いていないのです。魔力は高いのですが、慣れさせる意味でも適任でしょう」 「まあ、それでいいのなら。でもなぜです? 敵に塩を送るような真似を」 「敵とは思っていません。下級生ですから。これで良い試合が出来るのならこれ以上の事はありません」  セラフィムは言う。敵とは思っていない。敗北など考えにない。あるのはひとつである。あまりに戦力差があり、惨めすぎる展開になる事。  セラフィムはそれを避けたかった。これで試合らしくなるならいい。大差の尽きすぎる勝負は面白みにかけるからだ。そう彼女は考えていた。 「それで、君が入ってくれるのか?」  カレンは自らが交流戦のメンバー加入を申し出たのである。 「は、はい。お姉様の命令で。ご迷惑でしょうか?」 「いや。正直ありがたい。でもなぜお姉様が。敵に塩を送るようなものだろう」 「はあ。何でも。『これで勝負になるのならこれ以上の事はない。大差がつきすぎるのは面白味にかける』だそうです」  カレンはそう言った。 「つまりは勝って当然と思ってて、大差がつきすぎるのを心配している、って事だね」  そう、ライネスは言った。 「まあ、ともかく、これでメンバーが決まったわけか」  ラグナは言った。 「それでカレンさん。君はどっちかとデートできる権利を得たんだが」  ラグナはライネスとリリスを指した。 「どっちとデートしたい?」 「い、いえ。私そういうつもりじゃ、決して」 「……そうか。辞退するのか」 「は、はい。あまり知らない方と二人で出かけるのは恥ずかしいです」  二人は胸をなで下ろした。 「よかった。あたし女の子から好意を持たれたらどうしようかと」  リリスはそう言った。 「新しい世界が開けそうでよかったじゃないか」 「う、うるさい。次から景品出す時は自分に出来る事にしなさい。あたしを巻き込むな」  リリスは言った。
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