小林まりこの場合

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 「おかげ様でドキドキしています」、とは決して口にしない。 「ひとつ、聞いてもいいですか?」  そう言った顔が、緊張しているように見えなくもなかった。  頷き続きを促すように、彼を見上げる。 「……あの、まりこさんて、彼氏いるんですか?」 「え? いえ、いないです」  そして今度は、まさかと思った。 「じゃあ、俺にもチャンスはありますか?」  ずるい聞き方をすると思った。 「えっと、たぶん……」  濁した言い方をしたのは、決して年上の意地だからではない。 「俺じゃあ、だめですか?」  表情が、急に男のそれに変わった気がした。  言ってから、微かに首を傾げている。 「えっと……」  素直になれないのは、決して年上の意地だからではない。  そして、こんな時にですら相手の事を分析するあたり、可愛いげがない。  なんとなく、彼と自分は似ていると思った。それは、お互い素直ではないところだ。  たぶん彼の方は、素直に言わない事で、相手の反応を楽しむタイプだ。私は、恥じらいや意地が邪魔をして、単純に素直になれないタイプだ。  彼が、こちらに一歩詰め寄った。その反動で、同じように一歩足を引いた。背中が壁にぶつかる。  近すぎる距離に、唯一素直な心臓がさらに暴れだす。  この感覚は、一体いつぶりだろう。何度味わっても、いつも新鮮に思う。  そして、自然すぎるほど自然に、私の顔の横に片手を置いた。  その瞬間、一昨日の晩に読んだ雑誌の特集を思い出した。  ──これが例の……  冷静にそんなことを思った。  二十代女子の憧れるシチュエーション第一位を、今、自分自身で体験している。  実際のそれは、めちゃくちゃ恥ずかしくて、めちゃくちゃ嬉しいものだ。  自分にこんな日が来るとは思ってもみなかった。  背中を丸め、目線の高さを私に合わせると、どうにかと言った感じで笑顔を作っている。 「俺、まりこさんが好きです」  真剣な眼差しに、とうとう私も素直になるしかなかった。 「私も……」  三十路と呼ばれる日まで、残り一週間。ここへ来る理由が見つかった。  私の女磨きは、まだまだ始まったばかりだ。  完
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