小林まりこの場合

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小林まりこの場合

 その動機は単純すぎるほど単純だった。  三十路を目前に、このままではだめだと思った。  仕事でもなく、恋愛でもなく、女としてだ。  小林まりこ。二十九歳と十一ヶ月。三十路と言われるまで、残り一ヶ月を切った。  自分に自信がないまま歳を重ねたくはないと、スポーツジムに通い始めたのが去年の夏の始め頃だった。なんでもいいから何かを始めようと、このジムを友達に勧められ、無料体験で来た日にそのまま入会した。  体を鍛えたいわけでも、ダイエットのためでもない私は、未だに言い訳を探しながらどうにか通っている。  けれど、気が付けば夏も終わり、秋が過ぎ、インターネットで注文した電気ストーブが届くよりも先に初雪が降った日、言い訳を探す事すら嫌になった。  ジムに通っているからと言って、世間で言われているような女子力が上がったとは到底思えない。何かしらの成果が見えないものだから、当然楽しくもない。達成感もなければ、目標もない。正直、疲れて家に帰るだけだ。それが、三十路を迎える自分の自信に繋がるとはとても思えなかった。それでもどうにか通っているのは、もはや意地だろう。  受付やインストラクターの方の名前や顔は、挨拶を交わすうちに次第に覚えていくもので、その日も、ジムへ行き、見知った顔と挨拶を交わす。  いつもの場所でストレッチをしていると、見慣れない顔に視線が止まった。見たからに私よりだいぶ若いと思われるその男性は、格好からしてこのジムのインストラクターだとすぐに分かった。  何の気なしに、横目で彼を盗み見る。男性アイドルのような綺麗な顔立ちと、ハーフパンツの下に履いているスパッツの柄に、若干だけれどイラッとした。  ──学生のバイトかよ。  勝手な憶測までひねくれてしまうのは、今日が生理予定日の二日前だからと言うことにしたい。だから、決して年齢的な嫉妬ではない。  また呼ばれている、そう思ってから、冷めた目を向けてしまった。  嫌でも聴こえてくる男に媚びるようなの声。
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