11人が本棚に入れています
本棚に追加
7.いつまでも愛してる
僕と碧衣が初めて迎えたクリスマス。
僕達は碧衣の部屋でふたり、イヴの日の午後を過ごすことにした。
「それにしても大きな家だよなあ……」
僕は碧衣の家の前で暫し佇んで、その全景を眺めている。
祖父母と五人家族という碧衣の家はかなり大きな二世帯住宅。三角屋根でグレーの外観はモダンで立派だ。
「よし!」
僕は『初めて彼女の家を訪れる』という大イベントに気合いを入れ、軽く両手で両頬を叩くと覚悟を決めてインターホンを押した。
「いらっしゃい、佐伯君」
中から、薄茶色のふわもこのフード付きワンピースの下に白いロングスカートと黒い靴下を穿いたラフな部屋着姿の碧衣が満面の笑みで出てきた。
か、可愛い……そう思ったのも束の間、
「まあ、いらっしゃい」
明るい声が響いた。
碧衣の母親が奥から現れたのだ。
「佐伯君、お噂は碧衣さんからかねがね。今日はゆっくり過ごしていって下さいね」
「あの……。これ、母から。皆さんで召しあがってください」
僕は、母にもたされた『HENRI・CHARPENTIER』のフィナンシェの焼き菓子の詰め合わせボックスの入った手土産を渡した。
「まあまあ。そんな気を遣わなくてもよろしかったのに。でも、有難く頂きますね。碧衣さん、お飲み物はお紅茶でよろしかったかしら?」
「ええ、ミルクティー。『MARIAGE・FRERES』のディンブラでお願い」
「すぐお持ちするわね。佐伯君、どうぞごゆっくり」
流石は碧衣の母親だった。実に品が良く、それは美しい笑みで、とても高校生の娘がいるとは思えないほど若々しい。碧衣の美しさは母親譲りなんだろう。
「佐伯君、こっちよ」
碧衣は、吹き抜けの階段を登っていく。
碧衣の部屋は三階の東側の八畳の洋間だった。
一歩足を踏み入れると、何となく甘いような鼻腔をくすぐる微かな匂いがした。これが碧衣の匂いと思うと益々緊張してドキドキする。
碧衣の部屋は実に碧衣らしく、全体的にピンク系のコーデで可愛らしいが落ち着いた雰囲気だ。壁一面は書棚で埋め尽くされていて、部屋は綺麗に掃除・整理整頓が行き届いている。床の上に本を積み重ねてごちゃごちゃしている僕の部屋とは大違いだ。そして、部屋の片隅にはアップライトだが碧衣専用のピアノもある理想的な部屋だった。
「寒かったでしょ。ここに入って」
碧衣は部屋の中央の小さな炬燵テーブルに僕を招き入れた。カバーは可愛いパッチワーク柄のキルトでやはり女の子らしい。
「佐伯君。随分冷えてる」
「あ、碧衣」
言葉に甘えて早速炬燵の中へと躰を入れた僕の手を、碧衣がそっと握ってきたのだ。
せ、積極的すぎやしない? 碧衣……そんな本音を飲みこんだまま、それでも僕はぎゅっと炬燵の中で碧衣の小さな掌を握り返す。
この流れはキスしてもいいんだろうか……。
無垢な瞳で僕を見つめる碧衣を前に僕は惑っていたが、その時、ドアを軽く叩く音がして自然とお互い手を離した。
碧衣ママがお茶を持ってきたのだが、驚いたのは小さな4号のホールケーキだった。
「ほほ。このケーキ、碧衣さんの手作りのクリスマスケーキなのよ。碧衣さんったら昨夜、それは頑張って。この子は何でもよく出来るようだけど、お料理系統は少し苦手なの。それなのに佐伯君にどうしてもって……」
「もー、ママ! 余計なこと言わないで」
碧衣が慌てて碧衣ママの言葉を遮る。
「ナイフはここに置いてますよ。怪我しないようにね。佐伯君、碧衣さんとごゆっくりね」
そう言うと碧衣ママは気を遣ってか、そそくさと部屋を出て行った。
僕は、碧衣の手作りというそのクリスマスケーキをまじまじと見入った。
白い生クリームの土台にピンクの生クリームがデコレーションされ、中央には大粒の苺が敷き詰められている。ちょこんとフェイクの柊の葉が乗っていて、サンタクロースのマジパンは愛嬌があり、いかにも手作り初心者らしいシンプルなケーキだった。
「あんまり綺麗に、上手に作れなくて……ごめんなさい」
しゅんとしたように碧衣が小さく呟いた。
「そんなことないよ。碧衣の手作りだなんて高級名店のケーキよりずっと嬉しいよ! さあ、紅茶が冷めない内に頂こう。碧衣、カットしてくれる?」
「うん」
碧衣はそのクリスマスケーキを慎重に四等分にして、二切れずつケーキ皿の上に乗せた。
「頂きます」
僕はそう言ってフォークをケーキにいれ、一口食べた。
「美味しいよ! 碧衣」
正直、味の方はそんなに期待していないでいるつもりだったが、生クリームは甘すぎることなく、スポンジもしっとりとして柔らかい食感だ。
素朴だけど手作りらしい充分美味しいケーキだった。
「本当? ほんとに?」
碧衣が半信半疑のように僕に尋ねたが、
「本当だよ。碧衣も食べてみて」
僕がそう言うと、碧衣は躊躇いながらケーキを食べてみた。そして納得できたのか、
「良かったあ。佐伯君と過ごすイヴにせっかく振る舞う手作りケーキが失敗してたらと思うと、気が気じゃなかったの」
やっと碧衣はいつもの碧衣らしい愛らしい笑みを浮かべた。そんな碧衣の可愛さは破壊級だ。
碧衣ママが淹れたミルクティーも絶品だった。
僕達は碧衣の手作りのクリスマスケーキを二人で仲良く、美味しく頂いた。
イブのティータイムを他愛ないお喋りに興じながらふたりきりで楽しく過ごし、すっかりリラックスしていた頃。
「佐伯君。あのね……これ」
小さな声で呟きながら、碧衣は小さなパッケージを僕の前に置いた。
「何?」
「私からのクリスマスプレゼント。佐伯君へ」
ドキドキしながら開けてみると、中から出てきたのは、本革の上質なネイビーのブックカバーだった。
しかも、栞になる部分には、
『To my dearest Seishiro from your Aoi』
と、刻印がしてあった。
意味は『最愛のあなた、清志郎へ。碧衣より』というところだろう。
「初めて『清志郎』て言葉使ってくれたね、碧衣」
感激する僕に、
「だ、だって……クリスマスだもん。特別よ」
しどろもどろになりながら、そんなことを言う碧衣は本当に可愛い。
「碧衣。僕からはこれ」
僕は、紙バッグを傍らのトートバッグから取り出した。
碧衣の目がぱっと輝いた。
「開けてもいい?」
「勿論」
碧衣は四角い白い小箱を取り出して、かけてある青いリボンを丁寧に解いた。
更にその中に入っている水色の小箱の蓋を開け、
「うわぁ……!」
一言、思わず感嘆の声を漏らした。
「素敵……」
それは、プレーンなシルバーピンクのダブルリングネックレスなのだ。
「あ、これ……」
しげしげとそのネックレスに見入っていた碧衣は、そのリングの裏側に入っている刻印にも気付いた。
「『Foever in love 』……」
碧衣は呟き、頬を染め口ごもった。
その刻印は『いつまでも愛してる』という意味だから。
「こんなお洒落なプレゼント、佐伯君からもらえると思ってなかった」
「姉に相談したんだ。そしたら、「女の子には絶対アクセ!」て力説されて。姉に手頃な店に連れて行ってもらって、選ぶのも手伝ってもらってさ。実は、僕とペアなんだよ」
照れくさかったけど僕は、シャツの第一ボタンを開けた。胸元には碧衣と色違いでお揃いのホワイトシルバーのネックレスがかかっている。
最初のコメントを投稿しよう!