彼女のこと

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「初見は無理でも耳がいいから手本を聞けば覚えられる。日常生活も不便だけど白杖も慣れたし、世話焼きな人間が周りに多いから今のところ特別困ってるわけでもない。だからすぐに移植が必要なわけじゃない。だけど…」 言いながら、特に定まっていなかった視線を僕にぶつけた。 「いつかは、必要だ。この先ののぞみの未来において、手術でどうにかできるなら、やるべきなんだ」 そう思わない? 訊かれて、僕は素直に頷いた。すると続けざまに頼まれてしまったのだ。 「だから宗くんに、お願いしたいんだ」 「なんでしょう?」 僕にできることなら何でも手伝おう、そのつもりで返したけれど、お兄さんの頼み事には、少し驚かされることになった。 「のぞみに、移植をすすめてくれないか?」 「…僕が、ですか?」 お兄さんのまっすぐな目に、僕は、彼の今日の目的はこれだったのかもしれないと感じずにはいられなかった。 「でも僕は…」 「こんな事を宗くんにお願いするのは厚かましいと思う。まだ知り合ってそんなに長いわけじゃないのに、こんな込み入った相談する事自体申し訳ないけど、今のぞみを説得できるのは宗くんだけな気がするんだ」 「…そうでしょうか?」 訝しげに訊き返すと、お兄さんのセリフにはさらに力が加わった。 「そうだよ!のぞみはすっかり宗くんに打ち解けている。それに…もともと明るい子で、また弾けるようになってからは周りに心配かけないようにさらに明るく振る舞ってたけど、やっぱり時々は目のことを気にしてか、沈んだ表情をしていた。でも宗くんに会ってからは、そんな事もほとんどないんだよ。だから、宗くんの言う事なら耳を傾けてくれるかもしれない」 ”かもしれない” そんな不確かな可能性に頼らざるをえないほど、お兄さん達は手詰まりだという事だろうか。だからといって、まだ関係の浅い他人の僕が口出したところで、のぞみさんの意思が動くとは思えないのだが…… 「頼むよ、宗くん」 お兄さんの訴えは、僕の中にダイレクトに響いてきた。妹を心配する兄の立場も分かる。そして、初めて会った時から僕にとても親切にしてくれて、仕事で疲れた僕をこのカフェで容易く癒してくれた事に恩も感じている。 つまり、その有効性の有無にかかわらず、僕が彼の頼みを断れるはずはないのだ。 「………分かりました。でも期待はしないでくださいね」 僕の返事に、お兄さんは満面の笑顔を咲かせたのだった。
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