説得と、告白

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「だってのぞみさん、やっぱり目を開けるのは嫌なんだろう?でも僕は、きみの目を見てみたいんだ。もちろん目を閉じたままだって表情は区別つく。だけど、今みたいな笑顔の時や、ピアノを弾いてる時だって、目を開いてたらどんな風なんだろうって、すごく、のぞみさんの顔がもっと見たくなる。もしまた目が見えるようになったら、当然、のぞみさんも僕の前で目を開いてくれるだろう?きっと、『21時のピアノ弾き』のファンの人達だって喜んでくれると思うんだ。それにもしかしたら ”あしながおじさん” だってそれを望んで……」 なるべく、自然な流れで話題を移したつもりだった。 けれど、最後の一文が余計だったのだろう、彼女には僕の目的を見抜かれてしまった。 「……もしかして、何か聞いた?」 「何かって?」 「そうね、たとえば、角膜移植のこととか?」 僕は分かりやすく、言葉を失ってしまった。 するとのぞみさんは怒ったり不機嫌になったりはせず、逆にクスクスクスと吐息を転がしたのだ。 「兄さんね?」 面白がるような、呆れるような、柔らかな言い草に、僕はどこかホッとしていた。 内容が内容なだけに、そのデリケートな部分をどうしても ”取扱注意” にしてしまっていたからだ。 けれどのぞみさんは、そんな忖度は不要とばかりにあっけらかんと返してきた。 「私も全然考えなかったわけじゃないの。だけど事故に遭ってからは何もする気にならなくて、視力云々よりも生きる気力さえ失っていたから……。もうピアニストにはなれないんだって自分で自分に烙印を押して、勝手に絶望してたのね。だけど ”あしながおじさん” に出会ってまたピアノの弾き始めた頃に移植の件を教えてもらったの。聞いてすぐの時はそっちに気持ちが向かってた。どうしてもっと早く教えてくれなかったのって言ってたくらいで、自分の目がまた見えるようになるんだって、もうすっかりその気になってたの。だけど具体的に話が進んでいく中で、角膜提供者の実例で交通事故で脳死になった人、っていうのがあって、私………」 あっけらかんとしていた様子が、微妙に、沈んだ。 「誰かの ”死” と引き換えに視力をもらうんだと思ったら、急に苦しくなったの。私はピアノも弾けるし ”あしながおじさん” もいる。生活に不便はあるけど慣れてしまえばどうにかできないこともない。目が見えないと不自由だけど、その分、鋭くなる感覚もある。テレビで盲学校に花壇や黒板があるのを面白おかしく話してた人がいたけど、目が見えなくたって花の香りを感じるし、黒板に字を書く時の音で形をイメージすることだってできるのよ?だから……このままでいいんじゃないかなって。私が移植する角膜を別の誰かに譲ったら、その分、視力を回復させられる人が増えるんだからって、そう思ったの」
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