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「宗さんの、秘密……」
彼女は同じ事を呟きながら、短い懊悩を見せていた。
けれどなかなか頷かず、僕は「それじゃ、打ち明ける秘密を二つにするよ。これならどうかな」と、条件を付け加えた。
「二つも秘密が?」
のぞみさんは大きく驚いたけれど、その後すぐ、
「……でも、考えたら私達は、まだお互いの事をそこまで知ってるわけじゃないものね……」
と、納得の中にもがっかりしたように息をつき、ポーン…と黒鍵を押さえた。
生の楽器であるピアノは電子ものと違ってその音は永遠ではないけれど、僕が思っていたよりも長いこと店内に響いていた。
やがて、その黒鍵の響きが薄く薄くなって消えかかったその時、のぞみさんは「分かった」と、僕が出した交換条件を受け入れたのだった。
「じゃあ、まずは僕から話すよ。それで次はきみが話してくれる?最後に僕の二つめの秘密を話すから」
「ええ。それでいいわ」
頷いた彼女に僕は少しだけ近付いた。その拍子に、カタ、とわずかにテーブルにぶつかってしまい、彼女が「大丈夫?どこかにぶつかった?」と声をかけてくれる。
「うん、ちょっとね。でも大丈夫だよ」
答えながらも、僕は緊張を感じていた。
なぜなら僕は『21時のピアノ弾き』を以前から知っていた事を打ち明けるつもりでいたのだから。
それを聞いた彼女がどんな反応をするのか不安だし、怖かったけれど、彼女が手術を受ける為の手掛かりになるのであれば、躊躇う理由はない。
緊張感が僕の体全部を支配してしまう前に、さあ、言ってしまおう。
僕はわずかに息を吸って、心を決めた。
「実は……、僕はきみとここで会う前から、『21時のピアノ弾き』の動画を知っていたんだ」
黙っていて申し訳ないという気持ちを込めて、けれど騙すつもりはなかったんだという誠実な思いも添えて告げた。
彼女は僕の告白を頭の中に落とし込むようにたっぷりと間をとった。それは、時計の針を止めてしまうような長さに感じられた。
やがて、
「………ああ、そうだったんだ」
心の底からの感情を吐き出すように言ったのだった。
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