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「……それは、事故の後?」
僕が確かめるように問うと「そうよ」と返ってくる。
「目が見えなくなって受験さえできなくなったと知ってから、こんなことなら事故で死ねばよかったと思い続けてたの。それで検査で再入院した時、夜中にふと何もかもが嫌になって、病室の窓から飛び降りようとした」
のぞみさんは感情的になるでもなく、ただ過去の情報を、レポートを読み上げてるような調子で述べていった。
「でも、偶然同じ病棟に入院してた子供がトイレに行くのに通りかかって、声をかけられたの。『もう消灯過ぎてるよ』って。賢そうな口調だったからきっと私が何しようとしてたのか分かったと思うけど、その女の子はそれには触れずに『9時には寝なくちゃいけないんだよ』って普通に言って、その後も世間話に付き合ってくれた。私は、小さな子供相手だったことで、きっと気が緩んだのね、事故や受験のことを愚痴っちゃって、気を遣ったその子は私に言ってくれたの。『お姉さん、きっと明日はいいことがあるよ』って。もちろんただの気休めだったと思うけど、次の日、本当にいいことがあって……例の ”あしながおじさん” から初めての連絡があったのよ。それで私はどうにか生きる気力を取り戻せたわけ」
そこまで話して、のぞみさんは言葉を置いた。
そして僕は、彼女の話を飲み込むのに一呼吸を置いた。
「そんなことがあったんだ……」
そう返すのが、精いっぱいだった。
「そうなの。それで………ねえ、私の事、軽蔑してない?」
「今のどこに軽蔑するポイントがあったのか分からないな」
これは本心中の本心だ。
「だって私、自分で死のうとしたんだよ?」
「そんなの、突然視力を失ったらそう思ってしまうのも仕方ないだろう?」
僕のセリフは、慰めなどではなく、心の底から出たものだった。
「宗さんは、……優しいね。ありがとう……」
彼女は微かに声を震わせたけれど「さ、次は宗さんの番だよ。二つ目の秘密を聞かせて?」と、わざと明るく切り替えて促した。
己の後悔混じりの告白で空気を悪くしてしまったとか、そんな罪悪感のようなものが見え隠れしている。
けれど僕は、表情を和らげた彼女に素直にホッとした。
そして、もう一つの秘密を打ち明ける準備をする。
主には、心の準備だった。
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