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「じゃあ、今度会うときは、宗さんの顔をじっくり堪能させてもらうわね」
「がっかりさせないといいんだけど」
「でも、兄さん情報では、宗さんは、お洒落なスーツを着こなすイケメンなんだけど?」
「お兄さんの採点はいつも甘いから」
「あら、だったら私のピアノも大した事ないわね」
「いや、きみのピアノに関してはまったく正しい評価だよ。むしろ足りないくらいだ」
「それはオーバーよ」
彼女はクルクルと表情を変えて笑う。瞼をおろしたままなのに、見るたびに変化するそれが愛しい。
「………でも私、もし、初めて見る宗さんの顔がのっぺらぼうだったとしても、嫌いになんてなれないわ」
まるで僕が抱えている憂いを悟ったかのように、のぞみさんは穏やかに言った。
「本当に?」
僕の秘密を知った後も、果たしてきみは同じ事を言ってくれるのだろうか。
そんな不安が過ってしまい、僕はそれを甘い軽口で誤魔化した。
「ああ、でものっぺらぼうは困るな。きみとキスができないから」
そう言って、ベッドに横になっている彼女の指を掬い上げ、整った爪にキスをひとつ。
今はこれくらいしかできないけれど。
彼女はビクッと反応したが「……もうっ」と、愛らしいクレームを口にするので、僕はさらに彼女に触れたくなってしまう。
だがその時、扉をノックする音があって、僕は慌てて手を離した。
「宗くん、迎えの車が来たみたいだよ」
言いながらお兄さんが病室に入ってきた。
お兄さんは、僕がすぐに退室すると思ったのだろう、引戸を開いたまま待ってくれている。
「ありがとうございます。それじゃ、僕は行くよ。……連絡、待ってるから」
明日、彼女は移植手術を受けるのだ。まず片方を移植し、数ヵ月後もう片方の手術を行う。
それから慣れる為に数週間の間をおいて、僕達は再び会う約束をしていた。それまでは、会わないと決めたのだ。
彼女にしてみれば、僕と恋愛を始めるにあたって、両方の目に光を取り戻してから…という風に思ったらしい。
僕はそれを了承した。そして彼女と会えない時間を無駄にしないよう、僕に頑張れる事を頑張ろうと思っていた。
「宗さん、ありがとう」
部屋を出る際そう言った彼女の晴れた面差しを、僕は記憶にぎゅっと張り付けて、彼女と別れたのだった。
「……宗くん、ちょっといいかな」
廊下に出た途端の言いにくそうな声に、僕は手を止め、お兄さんを見上げた。
そしてその顔を見て、秘密がバレてしまったんだなと悟った。
「両親が、手術の前に宗くんと会いたいと言ってるんだけど……」
僕はこれ以上の誤魔化しは不可能かと、諦めの息を吐いて、下で待っている迎えの人間に連絡した。
「……ああ、僕だ。これから月島さんのご両親とお会いするから、少し待っててくれ。……いや大丈夫だ。心配しなくていい。連絡するまでそこで待機だ」
通話を終えると少し呼吸を整理してから、
「のぞみさんには黙ってていただけますか」
お兄さんに向き直ったのだった。
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