秘密

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数ヵ月後、僕はホフヌングへと車を走らせていた。彼女との約束の為だ。 彼女は二度の手術を頑張って、日常生活を取り戻していたのだ。 電話ではやり取りをしていたので、それらの報告は彼女自身から聞いていたけれど、やっぱり、僕の目で彼女を確かめないことには、心配する気持ちは払拭できなかった。 そしてこの数ヵ月の間も『21時のピアノ弾き』は毎日更新されていた。入院期間の分は事前にまとめて録画しておいたらしい。 ”あしながおじさん” からは、手術、入院するのだから更新はお休みするようにと言われたらしいが、彼女がそれを拒否したのだ。 そして昨夜アップされた曲は、お兄さんがでまかせで口ずさんだというあの曲だった。 『ナーバスになってる時これを聞いたら不思議と落ち着くんですよね』 彼女のセリフが蘇る。 おそらく、互いに眠れない夜を過ごしていたという事だろう。 僕は彼女に秘密を知られてしまう事に。 彼女は僕の顔を初めて見る事に。 それぞれが不安を抱えて、今日、恋人としての第一歩を踏み出すのだ。 カラカラン… 僕が店の扉の前に着くと、いち早く気付いたお兄さんが開けてくれた。 「いらっしゃい。待ちかねてるよ」 全てを受け入れたような、穏やかな微笑みを携えて。 僕は胸の高鳴りと緊張感の手綱を握って、静かに店に入っていった。 店の中は、あの曲が流れていた。彼女が昨夜更新した曲だ。 それは変わらない音で、懐かしくもあり、僕を歓迎してくれるかのように聞こえた。 そして、やはり僕を歓迎してくれるように、彼女のご両親がお兄さんと同じ笑顔で待ってくれていた。 「東雲さん、来てくださってありがとうございます」 「娘が大変お世話になりました。本当に、本当にありがとうございました」 母親の方は涙ぐんでるようにも見えた。 二人から礼を告げられて照れ臭い気もしたけれど、その向こう、ピアノを奏でているのぞみさんを見つけたら、もうそれどころではなかった。 彼女は長い黒髪をひとつにまとめて、ここで初めて会った時と同じサングラスをかけていた。その目が開かれているのかは分からない。 僕は少しずつ、床を鳴らしながら、彼女に近付いていった。 「……宗さん?」 僕の気配を探るように呼んだ彼女。どうやらサングラスの下で目を閉じているようだ。 「――うん。久しぶり」 僕の返事に、ピアノの音が止む。 彼女はサングラスを外して、ピアノの蓋にコトンと置いた。そして僕に振り返ろうとしたが―――― 「待って」 僕がそれを止めたのだった。
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