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その後、僕達は恋愛をはじめた。
他に変わったことといえば、彼女が手術を頑張ってる間に僕も義足でリハビリを繰り返し、今は車椅子を使う機会も少なくなってきていたことだろう。
それから、視力が戻った彼女は、見えない間に養った感覚のおかげか以前よりも音に深みが増し、感情豊かになったと評判だった。
大学卒業前にあるコンクールで一位になると、リサイタルのスポンサー契約の打診が複数あったのだ。
けれど彼女は、どことも契約する事はなかった。
ピアニスト月島のぞみの最初のリサイタルは、”あしながおじさん” に独占スポンサー権があったからだ。
そして今日は、待ち望んだ、彼女のファーストリサイタルだった―――――
※※※※※
「ごめんね、バタバタしてしまって」
「ううん。私のために色々ありがとう」
「今日も綺麗だよ。僕がプレゼントしたドレスを選んでくれたんだね」
「だって私の衣装はほとんど宗さんからのプレゼントだもの。そのうち私の部屋がドレスでいっぱいになっちゃうわ。でもそういう宗さんだって、今日のスーツも素敵よ。やっぱり私よりもずっと年上に見えるわよね」
「きみに年下扱いされずに済むなら、老け顔もいいものだと思うことにするよ。それじゃ僕は関係者に挨拶回りしてくるから。本番、楽しみにしてる」
「ありがとう。でも宗さんは老け顔なんじゃなくて、大人びてるだけよ。もちろん、老け顔でものっぺらぼうでも、私は宗さんの全部が好きなんだけどね。あ、それから、もうすぐお世話になったピアノの先生がいらっしゃるから、ご案内お願いね」
「子供の頃に師事してた先生だったよね?分かった。任せて」
僕は彼女を胸に抱き寄せて、小さくキスしてから控室を出たのだった。
今日の僕は、スポンサーとして、というよりも、彼女をサポートする立場として、朝から動きまわっていた。
セッティングの最終チェック、スタッフへの指示、ゲストリストの確認、取材受付、やるべきことは目白押しだった。
けれど開場した後は、その忙しさは少しやわらいでくれて、本番前の彼女に会いに行くことができたのだ。
彼女と短い逢瀬を過ごせた僕は、満たされた気持ちで控室を出た後、ロビーで関係者に挨拶していた。
すると上品な老婦人がこちらにやって来るのが視界に入り、すぐさま輪から抜けて、その人に会釈したのだった。
「今日はお招きありがとう、宗ちゃん」
「先生、こちらこそありがとうございます」
「まさかこんな日が来るなんてね。ああでも、宗ちゃんは昔っからのぞみちゃんのピアノが好きだったものねえ」
老婦人はにこやかに、そして感慨深げで、でも懐かしそうに、僕をまっすぐ見上げてきたのだった。
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