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”小犬のワルツだね”
”今日も上手いわー”
”安定のうまさ”
”なんで目瞑ってるの?”
”え、目瞑ってるの?それでこれ弾けたら、めっちゃすごい!”
動画をもう一度再生しながら、コメントを読んでいく。
それぞれ注目するポイントは異なっているが彼女のピアノを絶賛するものばかりで、僕はそれらを読みながら、彼女のピアノに惹かれている視聴者がこんなにもいるのだと再確認していた。
そして、いつもなら上部にあるコメントをさらっと視界に入れる程度だったけれど、今夜はなぜだか読み進めたい気分になり、下の方までチェックした。
すると、あるコメントに目が止まってしまった。
”この子、ホフヌングってカフェでもピアノ弾いてない?”
それは、彼女のプライベートに関することに触れた初めてのコメントだった。
そしてそのコメントに返信される形で、他の視聴者からも情報が寄せられる。
”ああ、あのグランドピアノがあるカフェ?”
”高級ピアノだよね。でもただの飾りで置いてるのかと思ってた”
”いつ弾いてんの?”
”自分が見たのは、週末の夜だったかな”
”まじか。ナマできいてみたい”
僕はコメント欄の会話に参加する事はなかったが、直接彼女のピアノを聴いてみたいというのは、まったくの同意見だった。
今日みたいな軽やかな曲でも、ゆったりとしたものでもいい、彼女の音を直に感じたいと常々思っていたから。
けれどその反対に、彼女とは会わない方がいいような気もしていた。
彼女のプライベートも見ない方がいい。
そうする事で、純粋に彼女のピアノに耳を傾けられるだろうから。
僕は『21時のピアノ弾き』の、ピアノのファンでいたいのだ。
そっとコメント欄を閉じたところで、扉にノックがあり、僕は首だけを回した。
「宗一郎さん、お夕食の支度がととのいました。こちらにお運びしましょうか」
「……いや、僕がそちらに行くよ」
僕は扉に向かって返事をすると、デスクからゆっくり離れた。
心は、ピアノと彼女に残しながら。
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