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店の中は白を基調とした作りになっていて、置かれているテーブルセットは『21時のピアノ弾き』に映っているものと似ていた。
そして、天井が高く、解放感あふれる中に、例のピアノが適度な存在感を主張していた。
無理矢理置いたような印象もなく、白い床やテーブルといった周囲にもよく溶け込んでいて、もうずっと昔からそこにいたような雰囲気だ。
大事に使われているんだな、そう思わせるピアノだった。
「どちらのお席にご案内いたしましょうか」
男性店員が声をかけてくる。
僕が「じゃあ、ピアノの近くでも構いませんか?」と答えると、店員は「もちろん」と微笑んで、僕を案内してくれた。
「ピアノがお好きなんですか?」
僕の為に椅子を動かしながら気さくに話しかけてくる店員。
僕以外の客は離れたテーブルにいる一組だけだったので、接客も、丁寧だけどのんびりしたものだった。
「ええ。聞く専門ですけど」
僕が返事すると、店員は何か閃いたような顔をした。
「それでしたら、もう少しお待ちいただけましたらピアノのバイトが来ますので、よろしかったら何かお聞かせしましょうか?もうすぐ来るはずなので」
ピアノのバイトと聞いて真っ先に思い浮かぶのは『21時のピアノ弾き』の彼女だった。
僕は「ええと…」と一瞬返事に迷ってしまったけれど、やはり彼女のピアノを直接聴いてみたいという想いを抑え込むのは無理だったようで、
「ありがとうございます。楽しみです」
結局、素直に好意を受け取ることにしたのだった。
もし、ここがコメントにあったカフェなのだとしたら、この後彼女のピアノが聞けるかもしれない。
そう思うと、全身が震えてくるようだった。
僕は溢れそうになる期待を胸に閉じ込めて、店員のおすすめだというサンドイッチセットを注文した。
店員がさがってから、お手拭きを広げ、店内をさらっと見回す。
そして最後に視線が留まるのは、ピアノだった。
それは『21時のピアノ弾き』に映されているピアノと同じメーカーのものだった。
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