鈴森あいの場合

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 ため息が聞こえるたびに、心が苦しくなる。 「それで、何回した?」 「え……」 「だから、そいつと何回したって聞いてんだよ」 「……三回」 「会うたびかよ!」  言ってから、鼻からゆっくりと息を吐いた。 「いつまでもこんな話、してたところで仕方ないよな」  そろそろとソファーからおり、そこで仰向けに寝転んだ。 「──あい」  私の名前を呼ぶ声も、表情も、先ほどまでとはまるで別人のようだ。私に向かって両手を伸ばすから、無意識に吸い寄せられていく。 「キスして」  言い終わらないうちに緩やかに口角を上げた。  彼の体をまたぎ、背中を丸めながら顔を近づけると、髪の毛を耳にかけてくれた。そして、直人の言う可愛いキスをした。  顔を上げてすぐに目が合うと、「もう一回」と言われ、言われた通りもう一度そうする。 「あのさ、もうちょっとその可愛い口開けてくれない?」  さも当たり前のように言うけれど、そうすればきっと、彼はどんどん調子に乗るに決まっている。それが嫌とかではなくて、単純に恥ずかしいだけなのだけれど、恥ずかしいと言ったら言ったで、からかわれることは目に見えていた。ただ、それすらも嫌だと思えない私は、どこまでもドエムだ。  彼の頭を抱え、髪の毛の中に指を入れる。言葉で答える代わりに、今度は最初から、可愛い口を大きく開いた。  深く、深く、長く──  何も考えられないでいると、突然肩をつかまれて唇が離れた。 「やっぱ逆の方がいい」  そう言って私と体を反転させた。 「今度ほかの奴としたら、マジで許さないからな」  冷たく言い放つわりには優しいキスをするから、嬉しくて思わず笑顔になってしまった。 「何笑ってんだよ」  それには黙って首を横に振った。 「今日は、俺から逃げられると思うなよ」  頭の上で手首をひとまとめにつかまれた次の瞬間、ものすごく悪い顔をした。 「あいってさ、怒られるといい顔するよね」  言い返そうと口を開いた瞬間、厭らしく唇をふさがれるからどうでもよくなった。  私はこれからも、直人に忠実にしっぽを振っていればいい。彼の言う通りが、一番心地良いのだから。  忠犬は、必ず飼い主の元へ戻ってくる──  完
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