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元彼の智史が、未だに私のことを想ってくれていると風の噂では耳にしていた。そんな智史から久しぶりに連絡がきた時に、たまたま落ち込んでいた、だから、心が負けた。
ずっと私に会いたかったと泣きそうな顔をするから、別れたことを後悔していると言うから、色んな感情に流されて、キスをした。もしもそのことを包み隠さず直人に伝えたら、傷付けて、嫌われて、それで終わり。
浮気をしましたと言うのは簡単だ。だけど、自分の過ちを事実として共有することで、気持ちが楽になるのは私だけだ。だから私は、事実を言わないことを選んだ。いつかばれてしまわないだろうかと、怯えて過ごさなければいけないほどのことをしたのは、自分なのだから。
智史と会ったあと、無性に直人に会いたくて仕方なかった。会いたくて、会いたくて、どうしようもなかった。
彼の愛猫は、私の隣でいつの間にか眠ってしまっている。
もう一度直人から連絡がきたのは、夜の十時を回った頃だった。「せっかく約束したのにごめん。まだ帰れそうにない。先に寝ててくれてもいいから」、直人の優しさと、早く会いたい気持ちと、他のなんだか分からない色々がいっしょくたになって胸が苦しくなる。
ようやくソファーから立ち上がり、寝室に向かおうとしたけれど、このままの格好で横になっていては、逆に気を遣わせてしまうと思った。かと言って、シャワーを浴びてからだと、優しさに甘えすぎてしまっているのではないだろうかとも思い、どうしたものかと突っ立ったままで考えていると、いつの間に起きたのか、彼の愛猫が私の足元でくるくると回っている。
「先に寝てたら悪いよね」
返事の代わりに可愛い鳴き声が返ってきた。
とりあえず、着ていたセーターを脱ぎ、彼の部屋着に袖を通した。彼の匂いに、口元が緩む。
ベッドに横になり、布団を鼻の下までかぶると、直人がそばにいるみたいな気がして、そこには安心しかない。
身体中の力が抜け、次第に意識が遠くなっていった。
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