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まだ完全に目が開いていない直人が、よろよろと歩きながらリビングに出てきた。
「うん、おはよ」
「顔洗ってくるから、俺にもコーヒーくれる?」
「分かった」
きちんと笑えていたかどうか、そればかりが気になってもはやコーヒーどころではない。
あれだけ直人に会いたくて仕方なかったのに、本人の顔を見た途端に動揺が隠せなかった。
彼のために淹れたコーヒーを、瞬間どこに置こうか迷った。自分のマグカップの隣に置くのか、ダイニングテーブルの上に置くのか。数分ほど迷ったあげく、ローテーブルに置いてからソファーの端に座った。
「あい」
呼ばれて肩が上下する。
「髪の毛乾かさないの?」
「ん? ああ、ちょっとドライヤー借りるね。コーヒーここ置いたから」
ありがとう、寝起きの声に無理矢理にでも笑顔を作り、彼の横を通り過ぎる。
洗面所に立ち、このままずっと髪の毛が乾かなければいいのにと、屁理屈にも似た言い訳が浮かんでは消えていく。
「ねぇ、冷蔵庫見たんだけど、ケーキ?」
リビングに戻るなり彼がそう聞いてきた。
「あ、うん。昨日バレンタインだったから、チョコレートケーキ作ってみたんだけど」
答えながら、ソファーに座る彼の隣に腰を下ろした。
「あいが作ってくれたの?」
「うん。直人が甘いものあまり好きじゃないのは知ってるけど、何かバレンタインらしいものあげたいなって思って。一応、甘さ控えめで作ってみたんだけど」
「ありがとう、気持ちが嬉しいよ」
そう言った彼の笑顔を直視するのが心苦しくて、視線をマグカップに移した。不自然にならないようそのまま手を伸ばそうとしたら、彼が体ごと私に寄りかかってきた。
「もうっ、重たいってば」
その瞬間、ようやく自然に笑えた気がした。
両手で彼を押し返そうとすると、意外にも彼の方から体をどかした。いつもなら、私が怒るまでそうしているのに、だからなんだか、違和感を感じた。けれどその違和感の正体は、すぐに分かった。
「嬉しいけど、ちょっと話がある」
そこには先ほどまでの笑顔はなく、私のリアルに気付いているのではないかと思うほどの真剣な眼差しで私を見つめるから、目を反らすことなどできそうになかった。
「……話、って?」
思わず口元を手で覆っていた。
「最近なんかあった?」
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