水の膜

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水の膜

「おーい! これ洗ってきてくれ!」  義兄の声に、はーいと空返事をして網を持っていく。去年使われたバーベキュー用の網は倉庫に放置されていた。使用するならなんにせよ洗わなければいけないだろう。  毎年八月の盆は、帰省してきた親戚一同でバーベキューを行う。普段は実家によりつかず嫁の私に義母の面倒をさせているくせに、のんきなものだと思う。  古ぼけた台所で、一人スポンジで網を擦る。たわしで洗っていた去年の私のおかげで、網は比較的綺麗だった。  網目に洗剤の膜が張る。虹色に輝くそれに、悲愴な女の人生が彩られていた。  ああ、こんなはずじゃなかったのに、なんて思う。田舎の結婚なんて本当にいいものではない。田舎では若い女が重宝されるが、結局は酷使できる消費物でしかなかった。都会にでも出ていける家庭環境であったなら、もう少し私の人生も晴れやかなものになっただろうか。 「おかーさん」  背後から娘の声が聞こえた。今年で八歳になる娘は、よく家の手伝いをしたがった。 「お手伝いする!」 「ありがとう。じゃあゆーちゃんには泡を洗い流してもらおうかな」  うん! と元気よい娘の青いリボンがふわりと揺れた。  娘は網に絡まった泡を水ですすいでいく。さらさらとした水を撫でる娘の手は、小さく、愛らしかった。  娘はすすぎ終わった網を何回も水に通している。泡は十分落ちていた。どうしたのか聞くと、娘は水に反射した光のようにきらきらとした目を私に向けた。 「これ、すっごくきれい!」 「どれ?」 「シャボン玉みたい!」  なんのことか分からなかったが、娘が指で示してくれた。娘は、網目に張られた水の膜のことを言っていた。網に水を通すと、網目にシャボンのような透明な水の膜ができるのだ。 「とってもきれいだね、おかーさん!」  綺麗だと繰り返す娘の言葉に、なぜだか泣けてきてしまった。私の人生が、少し報われた気がした。
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