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美青の頬に熱が集まり、体温が急激に上がったような気がした。より心臓の音が大きくなる。落ち着こうとしても身体が言うことを聞かない。
姉ではない、と言われたことより、女である、と言われたことに心が揺さぶられた。自分が一颯にとって恋愛の対象である、そのことをまざまざと見せつけられ、嫌でも一颯を男として意識せずにはいられなくなる。
「俺にとってはそうでも、美青はそうじゃない。それはわかっている。だから、機会が欲しい」
「……機会?」
少し身体を離し、一颯は真っ直ぐに美青と視線を合わせた。強い視線に目を逸らせなくなる。
「一緒に暮らそう」
「……へ?」
あまりにも唐突な一颯の申し出に、我ながらとんでもなく素っ頓狂な声が出た。鳩が豆鉄砲を食ったような美青の表情に、一颯が小さく噴き出す。
「なに笑ってんのよ!」
「いやだって、美青のその顔……」
「しょ、しょうがないでしょっ!? 一颯が変なこと言うから!」
「変なことか?」
一颯の視線がサラリと流れ、再び美青の瞳に照準を定める。先ほどのような強さはないが、代わりに艶やかさが加わり心臓に悪い。
強い視線でもダメ、柔らかくてもダメ、これほどまでにガッチリと目を合わされるとドキドキが止まらなくなる。こんなものはもう弟に抱く感情ではない。弟だと思っていたのに、無理やりそうではないと洗脳されている気がしてくる。
「一緒に……暮らすとか……」
頭がぐるぐるする。今の状態で同居など想像できない。自分がどうなってしまうのか、まったく予測がつかないのだ。
「俺、実家に戻るって言っただろ?」
「……あ」
美青にも一颯の言わんとすることがやっとわかった。美青も実家に戻れと言っているのだ。
「両親はいない、二人だけだ。慣れ親しんだ家だし、一緒に暮らすには最適だ」
「そ、そりゃ……そうだけど……」
七年前まで一緒に暮らしていた。しかし──。
「もう姉弟じゃ……ないんでしょ?」
一颯は美青を姉として見ていない。そして美青も、すでに一颯を男として意識し始めていた。七年前とはまったく違う。
心細そうな顔をする美青に、一颯は視線を更に和らげた。途端に甘い雰囲気が漂い、つい顔を逸らしたくなるが、一颯がそれを許さない。美青の頬に触れ、自分の方を向かせる。
「俺の方はそうだが、美青はそのままでいい。美青の気持ちを無視して無理やりどうこうするつもりはない」
「でもっ……」
「弟なんて、1mmも思えなくしてやる」
「……」
「その後だよ、どうこうするのは」
そう言って、一颯は魅惑的な笑みを浮かべながら、美青の額にそっと触れる。その柔らかな感触に、美青の顔はたちまち沸騰したように赤くなった。
「とか言いながらっ! な、な、な……」
「おでこにキスくらい可愛いもんだろ? あ、どうこうってキス以降のことだから。それ以前はセーフ」
「なによ、それ! そんな基準、誰が決めたの!?」
「俺」
「勝手に決めるなああぁっ!」
一颯は笑い声をあげながら立ち上がり、キッチンの方へ向かう。逃げたのかと思いきや、すぐさまリビングに戻ってきた。手には小さなホールケーキを携えて。
「うわ、可愛い!」
「飯はもう食ってるだろ?」
「うん、まかないが出るしね」
「でも、デザートは別腹だよな?」
「もちろん! それにしても、ホールケーキにもこんな小さなサイズがあるんだね」
一颯が持ってきたケーキは、ちょうど二人で食べきれるほどのサイズだ。真ん中に細いロウソクが一本立っていて、炎が揺らめいている。まるでミニバースデイケーキだ。
そこまで考え、ハッとした。
「これ……」
「やっと気付いたか。というか、今まで気付かなかったのがある意味すごい」
「だって、この一週間は特に忙しかったし、そんなことすっかり忘れてた」
ファミレスでの仕事は本当に忙しかった。それに加え、一颯との突然の再会。目まぐるしい毎日にそれどころではなく、それ以前には覚えていたはずなのに、きれいさっぱり記憶の彼方へと追いやられてしまっていた。
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