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「イイ男を落としてメロメロにして尽くさせるのが趣味らしいです。まぁ、彼女は可愛いですし、男のツボを心得てますからね」
「はぁ……それはすごいですね」
「ちなみに、うちの会社の未婚男性はひととおり彼女に迫られてますね。あ、もちろん彼女のお眼鏡にかなった男に限りますけど」
「うわ……」
なんて肉食なのだろうか。人は見かけによらない。谷山は明るくて可愛らしいが、自分からいくというよりアプローチを待つタイプに見えるのに。
「それが癖ですか? 確かに癖があるといえばそうですが……。おしゃべり好きで肉食女子なんてどこの職場にもいるし、悪い人でないのなら大丈夫だと思います」
そう、そんな女子などどこにでもいる。ただ、事前に教えてもらえたのはありがたかった。なので美青は四谷にペコリと頭を下げた。
「ありがとうございます、事前に教えてくださって。心に留めておきますね」
「うん、そうしてください。あと、悪気はないけど強引なところもあるので、嫌なことは嫌だってはっきり言ってやってくださいね」
「はい」
「でないと、合コン三昧になりますよ?」
「……それは困りますね」
はは、と力なく笑う。三十ともなればさすがに誘われないだろうとも思うが、未婚で彼氏なしとわかれば連れまわされる可能性もなくはない。気をつけなければ。
あと、と四谷は付け足す。四谷の次の一言に、美青の心臓がドクンと鳴った。
「七瀬さん、うちのツートップを狙ってます。割と本気で」
「……」
美青の反応を見て、四谷の目がキラッと光る。そして、再び美青の耳元で囁いた。
「一颯の姉であるあなたを利用しようとするかもしれません。彼女はそれを当然のこととする、何の悪気もなく。ある意味質が悪いかもしれませんね。だから、嫌ならはっきりと断ってくださいね。でないと、ズルズルと利用されっぱなしになりますよ」
「……はい」
「ま、彼女に一颯は落とせませんが」
「……そうでしょうか」
その時、休憩スペースに噂の谷山が手を振りながらやって来た。
「美青さん! そろそろ総務での仕事を説明しますので戻ってきてくださーい」
ニッコリと可愛らしく笑う谷山に、美青もぎこちないが笑みを返す。
美青は四谷に向かって礼を言い、再度頭を下げるとそのまま谷山と一緒に休憩スペースから職場へと戻っていった。その姿を見送りながら、四谷はあーあ、と溜息を漏らす。
「これは言っておきたかったんだけどな。……一颯はすでにあなたに落ちてますって」
すでに一部の社員はそれを知っている。小畑をはじめ、八坂、そして引っ越しの手伝いに召集された三浦と五十嵐、彼らは一颯の気持ちに気付いているはずだ。
おそらくこれからその人数は増えていくだろう。上手く隠しているつもりで、全く隠せてやしないのだから。
「七瀬さんもすぐに気付くだろうけど、あの人はそんなことお構いなしだから困ったちゃんなのよねぇ」
四谷は両腕をあげて伸びをする。ハァ、と息を吐き出すと、姿勢を正し、スタスタと早足で休憩スペースを後にした。
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