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美青がシステムツーワンに入社してからひと月が経った。社内全員ひととおり関わり、顔と名前も一致するようになり、徐々に新しい仕事を八坂からも振られるようになっている。毎日新しい仕事に携わり、なかなかに大変だったが、気持ち的には充実していた。
「美青さーん、休憩しませんか?」
甘えるような声で谷山が美青を誘う。仕事もちょうど一段落していたし、美青も少し休憩しようと思っていたので、ニッコリと笑ってそれに応じた。八坂に一声かけ、二人は休憩スペースへ向かう。
「美青さんが来てくれたので、こうやって休憩中におしゃべりできるから嬉しい!」
備え付けのコーヒーマシンでカフェラテを作りながら谷山が笑った。
総務はこれまで二人体制で、谷山はずっと同僚がほしかったのだという。今まではどうしていたのかというと、経理部の部長である九重聡子に付き合ってもらうことが多かったらしい。九重は女性社員の中で一番年上ということもあり、姉のような存在だ。面倒見もよく、甘えたな谷山はよく懐いていると四谷からも聞いていた。
『聡さんは全社員から一目置かれてますよ。姉御肌ですしね。女ボス的ポジションってこともあって、意図的に懐いている部分もちょっとはあると思います。七瀬さんってそういうところ、ちゃっかりしてるので』
要は、九重に好かれていれば多少の我儘は許される、ということなのだろう。
美青は、谷山には渡せないと言われていた社員の給与計算や経費処理のとりまとめなどの仕事を任されることになったので、仕事上経理部とは密接に関わる。もちろん九重とも話す機会は多い。だから、九重が女ボスと呼ばれるのもよくわかった。
自分を慕う人間を突き放せない性格で、とにかく面倒見がいい。いろいろなことを教えてくれる、ありがたい存在だった。谷山のことも可愛がってはいるようだが、四谷と似たようなことを忠告された時にはつい笑ってしまった。
『海鈴ちゃんから聞いたかもしれないけど、七瀬ちゃんに振り回されないようにね。あの子、悪い子じゃないんだけど、ちょっと男にだらしがないから』
笑っている美青を見ると、それを冗談だと思われたのかと誤解し、脅してもきた。
『一颯さんを狙ってるみたいよ? 美青ちゃん、いいように利用されるかも』
『海鈴さんは、二希さんも候補に入ってるように言ってましたけど』
『そうね。二希さんと一颯さん、どちらかを落とせればと思ってるみたいだけど……私の見るところ、本命は一颯さんね』
九重までそんなことを言うものだから、谷山はある種、無邪気な女性なのだなと思った。気持ちを隠しておけないのだろう。いろんな人に駄々漏れだ。これでは男好きと言われても仕方がない。
本人と話していても、八割九割は男の話だ。だが、社内の男性のこともよく見て分析していて、なるほどと唸らされることも多い。彼女を軽い女性と見る人も多々いるだろうが、頭は決して悪くない。本来、美青は得意でないタイプの女性だが、そうでもないと思ってしまうほど、谷山には不思議な魅力があった。
「七瀬さんって、いつも本当に綺麗にされてますね」
きちんとネイルされた谷山の綺麗な指を眺めながら、しみじみと言った。
谷山は毎日ファッションにもこだわり、髪も完璧に整えている。靴だって二日連続で同じものを履いているのを見たことがない。鞄だって同じだ。服装に合わせて変えているのだろうが、美青はそこまでマメではないので驚くばかりだ。
「え、そうですか?」
はにかんだ笑みを見せる谷山は、本当に可愛らしい。見せ方も心得ているのだろう、これは男心をくすぐる。男性の前でだけそういった姿を見せる女性はよくいるが、同性の前でも決して手を抜かないところが谷山のすごいところだ。ここまでくれば感心しかない。
「はい。頭から足の先まで手を抜かないというか……すごい」
「まぁ、好きですからね。美に関することは何でも興味あるし、やりたいって思っちゃいます。美青さんは興味ない?」
「そんなことないですけど、七瀬さんほどは」
おそらく、社内の女性誰もがそう思うことだろう。谷山ほど美に対して気合の入った者はいない。
「いつでも自分を最高に綺麗に見せたいんです。元が芸能人みたい……あ、そうそう、海鈴さんみたいに超美人ならいいですけど、あれに対抗しようとしたら、飾ることに命かけるしかないと思いません!?」
いや、四谷に対抗しようと思うところが逆にすごい。美青はひたすら苦笑するしかない。
「やっぱり見た目って大事じゃないですか。中身がよければ外見はどうだっていいっていうのは嘘ですよね。まず最初に見るところは外見です。だから、そこをサボっちゃいけないなって。イイ男に見初められる、もしくは自分でイイ男を捕まえるのが最大の目標ですよ、私!」
清々しいまでにそう言い切る谷山に、美青は思わず声をあげて笑ってしまった。ここまで振り切られると、何も言うことはない。
笑っている美青を見て同意してもらえたと思ったのか、谷山は更にニコニコ笑顔で言い募る。
「本当はもっと早くに結婚したかったんですが、なかなかこれって男がいなくて。でも、やっと見つけました! 今までの男が霞むくらいの男!」
ドキリ。飛び上がってしまいそうなほど、激しく鼓動が鳴った。
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