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『一颯さんに頼まれたんですか? それとも美青さん?』
四谷は一颯を諦めろと言っている。だがそれは四谷自身のためではない。
もし四谷も一颯を想っているなら、四谷はこんなことは言ってこないだろう。正々堂々と戦い、谷山の目の前で一颯を奪っていくはずだ。四谷というのはそういう女性だと谷山は認識していた。ちなみに、そういうのは嫌いではない。
四谷はこの問いには微笑みで返したが、やれやれといったその表情から何となく察した。この顔は、出来の悪い者を見ていられない、といったもの。ただそこには家族に向けるものと同じ愛情のようなものが込められていた。
『でも、二希さんっていまいちよくわからないんですよねぇ』
溜息をつきながらそう言ってみると、四谷は美しい笑みを浮かべながら首を横に振った。
『一見するとそうなんですが、意外とそうでもないですよ。それに、より難しいターゲットに挑んだ方が楽しくありません?』
悪戯っぽく肩を竦める四谷を見て、谷山の好奇心が刺激される。
『そうかもしれないですけど……二希さん、もしかして意外とわかりやすかったりするんですか?』
『気を許した人にはね』
『ふぅーん……。心を開いた二希さんってどんな風ですか?』
四谷は妖艶に唇の端を上げる。同性でも目が眩みそうだ。
『それは、攻略後のお楽しみじゃないですか?』
これで、谷山の闘争心に火が点いた。まんまと乗せられた気もするが、心を開いた二希というものにものすごく興味をそそられる。
一度は一颯にターゲットを定めた。だが、四谷の言葉で心は揺れている。いや、正確には二希に傾きつつあるのだ。それというのも、四谷の言うとおり、一颯を落とすことはできないだろうという諦めの気持ちも芽生えていたからだ。
落とそうとするターゲットからは目を逸らさない。常にロックオンだ。だからわかってしまった。一颯の視線がどこにあるのか。
その視線の先が、一颯の想いだ。
今や一颯の気持ちを知らない社員などいないだろう。知らないなんていうのは、よほど鈍感なやつだ。その鈍感なやつの中に美青が含まれるのかはわからない。だがよく見てみると、美青も一颯を想っている節がある──。
ターゲット変更か。一颯が無理だから二希、不純だ。これではまるで損得勘定だけではないか。だが──。
「見込みのない恋に現を抜かしている時間が勿体ないかも」
谷山だってそろそろ腰を落ち着けたい。周りはどんどん結婚し、幸せな家庭を築いているのだ。しかし、妥協はしたくない。するつもりもない。
「……海鈴さんに乗せられてってのいうのはちょっと癪だけど」
自分の好奇心と欲望には勝てない。谷山は、それを自分でよくわかっていた。
──**
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